平和

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八幡の大空襲

現在84歳の瀧内幸子さんは、北九州市八幡で生まれ育った。昭和20年8月8日、瀧内さんが10歳の時、八幡の街はアメリカ軍による激しい空襲を受けた。
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生きて帰ってこい

第二次世界大戦後、シベリアで強制労働させられた菱田さん。仲間が次々と倒れ、絶望する状況で支えになったのは…。
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青春を戦争と共に生き抜いて

終戦間近の7月、空襲に遭った生島さん。「急降下する戦闘機のパイロットの顔が忘れられない」と語る。
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夢が持てる幸せ

戦時中、長崎で被爆した松井さん。凄惨(せいさん)な体験を振り返って、今思うことを語って頂いた。
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争いを生み出さない生き方

大阪・船場で生まれ育った高島さん。にぎやかで裕福な暮らしだったが、太平洋戦争が始まり、生活は徐々に変わっていった。
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平和を生み出す心

13歳で終戦を迎えた私は、食べる物に大変な苦労をして成長しました。当時10円のコッペパン1つも買えなかった時代でした。今の日本は豊かになり過ぎ、感謝の心はどこへ行ってしまったのでしょう? 現代社会の心の平和を祈ります。 
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世界の平和を祈る

「誰しも神様から同じように授かった命なのに…」。第2次世界大戦の戦局が厳しくなった昭和19年、軍隊の召集を受け、中国に向かった。第1線には出陣しなかったが、2年7ヶ月の軍隊生活の中で、多くの命が失われるのを目の当たりにした私は、今も心が痛むのだ。
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灯りのともる暮らし

学徒勤労動員令により軍事工場で働いていた私。戦争が終わっても、電力制限を強いられ、停電時にはろうそくの灯りに頼る日が続き、食料不足、物資欠乏の日々。今もなお、国と国が争い、尊い命が失われている。当時を振り返り、平和な世の中を築いていく大切さを伝えたい。