息子の腕の中で


●私からのメッセージ
「息子の腕の中で」

大阪府
金光教平野ひらの教会
宮下寿美みやしたひさみ 先生


 「一寸先は闇」という諺があります。これは、ほんの少し先のことでもまったく予測はできないという意味です。人生では時に、思わぬトラブルが起こることもあります。今日は、私の息子のけがのお話を聞いてください。
 昨年のことです。ある日の夕方、私は、妻と小学6年生の息子の3人で、自転車で近所のスーパーに出掛けました。買い物を終えて、「帰ったら晩ごはんだね」と仲良く、息子、妻、私の順番で自転車を走らせました。息子が路地を曲がった直後、突然、私たちの前から自転車を走らせてきた男性が、息子が曲がって行った方向に顔を向け、「あっ!!」と大きな声をあげたのです。何かが起こった!と感じた妻と私が、急いで角を曲がると、自転車は倒れ、その横でうずくまる息子と、自転車から降りた若い女性が目に飛び込んできました。
「自転車同士の接触?」「相手の人にけがは?」「息子は大丈夫だろうか?」いろいろな思いが頭をよぎります。妻が息子に駆け寄って声をかけ、私は、その女性に「大丈夫ですか?」と声をかけました。彼女は、目の前で急に転んだ子どもを心配し、助けようと自転車を降りてくれたそうで、接触も無く、けがもありませんでした。私は彼女にお礼を言い、息子にどうしたのかと聞くと、「自転車の前輪が側溝にはまりそうになって、急ハンドルを切ったら、転んじゃった。転んだ時、ハンドルと地面に右腕を強くぶつけた」と、一生懸命、私たちに状況説明をしてくれました。
 子どもの体を確認すると、幸い、切り傷はどこにも見当たりません。ホッと胸をなで下ろし、「痛い痛い」と腕を抱える息子を励まし、自転車を押しながら帰宅しました。
 最初妻と私は、息子の「痛い」を「大げさだなぁ」と思って聞いていたのですが、しばらく経っても腕を抱え、「痛い」は続きます。あれ?っと思い両腕を見比べてみると、ぶつけた所がすこし腫れているようにも見えます。その時には夜の7時を過ぎていましたので、夜間でも子どもを診てくれる病院を探して向かいました。静まりかえる病院の待合室で、名前を呼ばれるのを待つ間、息子は、妻にぴったりくっついて離れません。当直の先生に、腕を触診してもらい、レントゲンを撮ると、なんと右の手首と肘の間の骨が折れていました。骨を引っ張り整骨したあと、添え木を使って腕を包帯で巻いて固定し、三角巾で腕をつる処置を受けました。全治3~4カ月という診断でした。まさか骨折しているとは思いもしなかった私と妻は、息子に「大げさだ」と言ったことを謝りました。
 さて急に利き腕が使えなくなった息子です。骨の折れた部分がずれないようにしなければいけません。しかし、気をつけていても、何度か骨がずれてしまい、それを直すために腕をひっぱられ、息子はそのたびに大きな悲鳴をあげていました。日常生活にも支障があちこちに出てきます。楽しみにしていた大阪万博への遠足は、けがの直後だったために欠席しました。1カ月後には修学旅行も控えていました。旅行に行けるだろうか、学校の授業は、習い事はどうするかなど課題が満載です。食事も左手ではうまく食べられません。荷物が持てないため、親も毎日一緒に登下校します。お風呂も一苦労です。息子にとっても、親にとっても大変な毎日が続きました。
 息子は、1週間に2回通院し、包帯を巻き直してもらい、週に1回レントゲン撮影で、骨の具合を診てもらいます。けがをしてから3週間目の通院日のこと。主治医の先生は、レントゲン写真を見ながら、「ここに、新しい骨ができていますね」と仰ったんです。薄い膜が、折れた部分を包み込むように、骨折部分の周りがぼやっと膨らんで見えました。そして、「このように骨折した場所を包むようにして新しい骨が出来てきます。そして、この膨らみはいずれ吸収されて、骨はまっすぐになっていくと思いますよ」と教えてくれました。私は、初めて目にする神秘的な体の働きに感激して、思わず「先生、人間の体って、すごいですね!」という言葉が口をついて出ました。すると、普段は無表情な先生が、その時ばかりは口元をゆるめて微笑み、「すごいでしょ!」と仰ったのが印象的でした。先生も、こうした身体の働きに、偉大な力を感じてるのだなと思いました。私はここに神様の働きを見る思いがしたのです。人間の力では及ばない、神様の働き。それを目に見える形で実感したのです。言葉にできない感動が、私の体を包み込みました。
 そうして息子の腕は少しずつ回復し、心配していた修学旅行も、先生と同級生のお世話になり無事に参加できました。まだ腕に過度な負担はかけられませんが、添え木も取れ、以前のような日常生活を送れるようになり、親の約3カ月の登下校付き添いも無事に終わりました。
 思わぬけがで始まったこの数カ月。私も妻も、もちろん息子にとっても、けがをしたことは、つらくて大変な出来事でしたが、目に見えること、目に見えないこと、それぞれたくさんの働きが続いて今に至ります。息子の体の中で昼夜問わず続く働きを目にして、普段は気づけないだけで、私たち一人ひとりの周りにも、そして体の中にも、人間の力の及ばない神様の働きがたくさんあふれているのだと実感しました。私たちは実は奇跡の働きの中で生かされ生きているのです。今も、息子の腕の中で、静かに奇跡の働きが続いています。

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