●私からのメッセージ
「もうひとつの誕生日」

金光教金岡教会
岩本威知朗 先生
おはようございます。金光教金岡教会で奉仕しています、岩本威知朗です。50歳です。
皆さんは、誕生日をいつもどのように迎えていますか。家族や友人などからお祝いをしてもらったりする日でもありますよね。
金光教では、神様から授かったいのちの誕生日として感謝する日、と教えられています。私は今では、神様始めいろんな方々のおかげで誕生日を迎え、年を重ねてきていることを、だんだんありがたく思えるようになってきました。その事柄の一つとして、今日は娘の急病をとおして、「もうひとつの誕生日」といったお話をしてみたいと思います。
今から10年前の3月のことでした。母方の祖父が亡くなって60年と、祖母が亡くなって25年の霊祭を、孫の私が、母の実家で仕えることになっていました。
その日のことなんですが、数日前から私の次女、当時2歳が、ウイルス性の腸炎で高熱が出て寝込んでいました。私が出かける時、泣きぐずっていたので、妻に、「気をつけといてな」とお願いして、神様にもお祈りして出かけました。
すると、向かっている途中で父から電話で、「次女がけいれんを起こして、救急車で病院に運ばれた」との連絡が入り、びっくりしました。まさか救急車で運ばれるなんて想像もしていませんでした。このまま霊祭に行くか迷いましたが、私が病院に行っても何もできないので、心の中で神様にお願いしながら母の実家に向かいました。
あとからその時の様子を家族に聞きました。泣きぐずっていた娘が急に静かになり、妻が様子を見に行くと、ぐったりしていて意識ももうろうと。急いで教会のご神前に連れていくと、けいれんが起こる。すぐに父が、神様にお供えしたお神酒を、祈りながら娘の全身に吹きかけた。息も細くなっており、さらにお神酒をかけると、目に入ったのか痛がって意識を取り戻す。その間に妻は救急車を呼び、長男と長女は玄関で救急車を待つ。そして、次女は妻に付き添われて病院に運ばれる。その後ご神前で、長男と長女は泣きながら「助かりますように」と必死にお祈りしてくれていたというのです。
その時の私は、お祭りを仕えるにも、何とか神様・御霊様に祝詞を上げようとするんですが、心配で仕方がなく、詰まり詰まりになってしまう。すると突然、「ここにはおらん」といった、声ならぬ言葉が胸に響いたんです。すぐに「祖父母の御霊様が娘を助けに行ってくれたんだ」と感じて、なぜか「助かった」と思えました。すると、ありがたくてありがたくてしょうがなくなり、涙がぼろぼろとこぼれ落ちました。
霊祭のあと妻から電話があり、病院で再び発作を起こしましたが、すぐに処置をしてもらい、落ち着いたとのことでした。私はひと安心して、祖父母のご霊前にお礼を申し上げて、病院へ向かいました。娘はベッドで点滴をしながら、いつもの笑顔を見せてくれて、本当にホッとしました。その後1週間、病院の方々のお世話になり、元気に退院しました。
あの時、ちょっとでも容体の異変に気づくのが遅かったら、危なかったかもしれませんでした。そして、家族みんなが次女が助かるようにと必死でした。
私は最初、娘が救急車で運ばれたと聞いて「何で霊祭の当日に」と思っていました。でもあとで思い直すと、その日は3月19日で、ちょうど祖父の月命日だったんです。さらに祖父の60年、祖母の25年という節目の霊祭の日に起こったことが、まさに神様が最善のご配慮を下さったんだと思えました。神様から、「先祖の御霊は、子どもや孫、ひ孫のことを、ずっと祈ってくれてるぞ」とのメッセージだと感じたのでした。
その時から3月19日を、次女の助かりの日と決めて、「もうひとつの誕生日」として、毎年親子で神様と御霊様にお礼のお祈りをするようになりました。今次女は中学生になり、助かりの日から10歳の誕生日を迎えて、自分でお礼のお祈りをするように成長しています。
祖父は、40歳の若さで病気で亡くなりました。その時長女が9歳、私の母である次女が6歳、長男の末っ子が3歳と、幼い3人の子どもたちを残してでした。その後、祖母が女手一つで、金光教の信仰を支えに苦労を乗り越え、子どもたちを育てました。
最近気づいたんですが、10年前のこの時私は40歳で、祖父が亡くなった年と同じだったんです。さらに当時の祖父の子どもたちと、私の3人の子どもたちの年齢もほぼ同じでした。もし私が祖父の立場だったらと改めて考えさせられました。家族を残して後々のことを心配もし、どれほど残念だっただろうかと思えてきました。また万が一、次女が亡くなってたら、親の私はどうなってたか分かりません。次女を助けてくださったことだけがありがたいのではなく、家族も一緒に助けてくださったんだと気づかされました。次女の助かりの日は、私にとっても「もう一つの誕生日」だったんです。
神様や御霊様は目には見えないですが、いつも私たちのことを見守り支えてくださっていることや、親先祖からの尊いいのちの流れというものを、「もうひとつの誕生日」をとおして親子で確かめ合っています。家族みんなが元気に過ごせていることは、神様御霊様のおかげだと感謝しています。
皆さんも一度、先祖のご命日などに思いをはせてみると、改めて大切な日だと気づけるのではないでしょうか。ひょっとしたら、「もうひとつの誕生日」を、見つけることができるかもしれませんね。
