●先生のおはなし
「大笑いしたあの日」

京都府
金光教八木教会
八木道徳 先生
(ナレ)おはようございます。案内役の岩﨑弥生です。今日は、介護のお話を聞いていただきます。京都府・金光教八木教会 八木道徳さんのお話で「大笑いしたあの日」。
今から40年ほど前に、母が大きな問題を抱えて、金光教本部に参拝した時のこと。当時の教主金光鑑太郎様から、このような言葉を頂きました。
「思いがけないことが起きても、助かってほしい、幸せになってほしいと神様が願いをかけてくださってありますからなぁ…」
この言葉を支えに、当時抱えていた難儀を乗り越えることができたそうです。思いがけないことが起こるたびに、私はこの言葉に立ち返るようにしています。
私は同居する両親の介護をしています。父が92歳、母が90歳です。介護が始まったのが4年前。子育てが一段落し、これから自由な時間ができると思っていましたが、日常生活で見守りを必要とすることが増えていきました。これまで介護を経験されてきた方々のお話を聞いていたので、参考にすれば何とか乗り切れると思っていましたが、実際に経験すると大変です。現実はそんなに甘くありませんでした。ちょっとしたことにも気持ちがぐらつくようになり、自分自身の心の狭さを感じることもしばしばあります。何より、「いつまで介護が続いていくのか…」と、出口の見えないトンネルに入ったような気持ちで過ごしていました。
ある日、両親と私との何気ない会話を聞いた知人が、「口調がきついよ。聞いているこちらまで不快になってしまうから気をつけないと…」と私に注意してくれました。無意識のうちに日常溜まっているストレスが言葉や表情に出ていることに気づかされ、深く反省し落ち込みました。
「思いがけないことが起きても、助かってほしい、幸せになってほしいと神様が願いをかけてくださってありますからなぁ…」
神様が私の幸せを願ってくれている。私も助かりたいし、幸せになりたい。それでは私はどうすればいいのかと、神様に心を向ける日々を過ごしました。
これまでの事を振り返り思い出したことは、両親は命に関わるような病気を患いました。その都度、神様に元気に快復することを祈り、目の前の困難を乗り越えてきました。その時は願いを聞き届けていただいたと喜んでいたのですが、まさか90歳を超え、介護をしなければならなくなるとは想像もしていません。「命を助けてほしい」との私の願いを神様が聞き届けてくださっての今だと気づかされたのです。「いつまで介護が続いていくのか…」と思ってしまうことが、あまりにも自分勝手すぎることだと反省し、神様に助けていただいての今であることに気持ちが向くと、心に余裕を持って介護ができるようになっていきました。
ある日のこと、父が母に大きな声で怒っている声が聞こえました。どうやらデイサービスに持っていく着替えのズボンが見当たらないようです。しばらく様子を見ていましたが、なかなか収まらないので、私も一緒に探すことになりました。
3人で探すのですが見つからず、父は私にまで疑いの目を向けてきます。心配になり、私たちの洗濯物を見たのですが、ありません。父の怒りがヒートアップする中、母に向かって「お前が履いているのと違うか…」と言いました。母も「なんで私が履くんやな…」と反論していましたが、母を見ると、探している父のズボンと同じ色のズボンを履いています。確認すると間違いなく父のズボンでした。突然のことに母も理解できないようでしたが、「ごめ~ん!!」と舌を出してとぼけた顔で謝ったのです。
その可愛げな表情を見て父の怒りが収まり、親子で思いっきり大笑いをしました。その後、何回も父のズボンを履く母ですが、父も私も声を荒げることなく接しています。
これからさらに手がかかることが増えていくと思いますが、思いがけないことが起きても、「助かってほしい、幸せになってほしい」と神様が願ってくれている。私も、「助かりたいし、幸せになりたい」との願いを神様に向けて、大笑いしたあの日のように、心穏やかに過ごしていきたいと思います。
(ナレ)いかがでしたか。私も両親の介護を約6年ほどさせていただいた経験があります。八木さんのお話を「そうそう」とうなずきながら聞いていました。そして、お母さんがよりによってお父さんのズボンを履いている、しかも可愛いらしい顔で「ごめん」と言っているシーンがなんとも愛おしく、私も思わず声を出して笑ってしまいました。
介護というと、つらく大変なことをつい想像しますが、私も介護を通して経験した、ほっこりした出来事を思い出しました。義母は、よく気のつく、頭の切れる人で、何をしても母の足もとにも及ばない私でした。そんな母が病気で、何もかも人の手を借りるようになった時、意外にも全てを私に託してくれるようになったのです。そのことは、私にとって母が介護の手を必要としなければ、得ることのできなかった宝物の時間となりました。介護は、大変なこともあります。が、介護するほうもされるほうも、今を受け入れ、共にある今の時間を大切にできたら、「思いがけないことが起こっても、助かってほしい、幸せになってほしい」という神様の願いに近づけるのかなと思いました。
