ラジオドラマ「いろは団地B棟」第8回「恋はどっこいしょ」


●ラジオドラマ「いろは団地B棟」
第8回「恋はどっこいしょ」

金光教放送センター

(ナレーション:キン)
 ゴロニャーン。おいらは、いろは団地に住みついている野良猫、名前はキン。さて会社で営業を担当している南和也さん。先日、課長からのお小言を「自分への励ましのエール」と受け止めたら、早速今日、新規の契約に成功したのだった。

和 也:(タクシー 車内)良かったなぁ、無理だとばかり思っていた契約、まさかこんなに簡単に取れちゃうとは。課長に早く報告をしなけりゃぁ。あれ、それにしてもこのタクシー進まないなぁ。運転手さん、この渋滞、何かあったの!

(車のクラクションの音、けたたましく)

運転手:何かこの先で事故があったみたいで。こりゃあ、当分動きそうもないですね、お客さん。
和 也:弱ったなあ。会社まではまだしばらくあるというのに…。仕方がない、歩いて行こう。…運転手さん、…ここで降りるから支払いを。

(クラクション 足音)

和 也:(口笛)歩いた方が早いや…あれ、あそこにいるのは妙子さんじゃないのかな。

(ナレーション:キン)
 渋滞に巻き込まれた車を尻目に、和也さんが歩道を歩いていくと、脇に止まっているワゴン車の助手席に座っていたのは、和也さんの小、中学校時代の同級生、大原妙子さんだった。妙子さんは介護の仕事に就いていて、今はおじいさんやおばあさんたちを、デイサービスの施設からそれぞれの自宅へ送っている最中なのだった。

和 也:(トントン車のドアをたたく)妙子さん。
妙 子:(ウインドウ 開く)あら、和也さん…。
和 也:やあお久しぶり。すごい渋滞に巻き込まれちゃいましたね、僕のように歩いたら。
妙 子:ウーン。(と考えて)あなたのように歩いて家に戻れる人はこの車の中には1人もいやしないのよ。
和 也:…そうか。大変だなぁ…そういえば同窓会のお知らせ、届いたでしょう。
妙 子:同窓会のお知らせ…? …ああ、来た来た。(ケータイの音)あっ。ちょっと待っててね。(電話 取り)ハイ、モシモシ…。
みな子:(電話の声)大場大吉の娘ですが、おじいちゃんはいつ戻って来るんですか? 一刻も早くおじいちゃんに家に戻って来てもらわないと…困るのです。晩ご飯を食べさせた後に、今度は、息子を、保育所へ迎えに行かなければならないんですから。今、どの辺りにいるんですか!?
妙 子:お宅の近くまで来てはいるのですけれども、交通渋滞にはまっちゃいまして…いつ頃になるか…。
みな子:(電話の声)ええーっ。こ、困る! 困るんです! もうすぐ保育所が閉まっちゃうんですから!
和 也:妙子さん! 大吉さんて、どの人?
妙 子:この人、私の後ろのおじいちゃん。
和 也:降ろして!
妙 子:えっ?
和 也:大吉さんを早く降ろしてよ。
妙 子:電話、聞こえてたの。
和 也:僕が付き添ってご自宅までお送りするから。
妙 子:無理よ、大吉さん、そう長くは歩けないんだから。
和 也:う、うーん。…そ、それじゃあ…負ぶっていく、僕が負ぶってご自宅へ。
妙 子:(ドア 開ける)えっ、ええーっ!
和 也:さあ、大吉さん。(降ろす音)僕の背中に。ソレ、どっこいしょ!
妙 子:気を付けて、和也さん。

(ナレーション:キン)
 和也さんは、大吉さんに背中を向けてひざま付くと、大吉さんを背負い、妙子さんを道案内にしてしっかりした足取りで歩き出した。だけど、何だってまた、そんなに一生懸命に…。

みな子:あ、ありがとうございました! ホントに助かりました! おじいちゃん、お帰りー! すぐに晩ご飯。(妙子に)今度は水曜日ですね。また、よろしくお願い致しまーす!(家の中に)
妙 子:またね、大吉さん。(見送って)フーッ。間に合って本当に良かったぁー。
和 也:(大きなため息)生きてくのって、みんな、それぞれに本当に大変なんですねえ。
妙 子:さ、早く戻らなければ。車はどうなったのかしら…。(運転手の携帯に電話)もしもし。そちらは? …そうですか。それは良かったです。じゃあ、これからセンターに戻ります(電話 切る)。(和也に)あーっ、良かった。渋滞は解消されて、皆さんを無事にご自宅へ送り届けられたって。和也さんのおかげよ。何とお礼を言ったらいいのか…。
和 也:お礼だなんて。実はこの前、僕はある人に助けてもらったんです。僕も誰かを助けることが出来たらいいなって。
妙 子:でも、「助けてあげたいな」って思ったとしても、実際はなかなか…。
和 也:(得意げに)人を助けてこその人間じゃないのかな。…ところで、妙子さん、同窓会のことなんだけれども、一緒に行けるかな?
妙 子:帰って夫の都合も聞いてみる。
和 也:夫!?
妙 子:この春に結婚したのよ、私。まだ新婚ホヤホヤ…。
和 也:あ、ああ…そうだったのかぁ…。

(ナレーション:キン)
 おやおや、和也さん、がっかりしちゃったよね。人を助ける時には、「下心」を持ってはいけないのだよ、分かったかい? ニャーゴ。

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