●ラジオドラマ「いろは団地B棟」
第4回「意外なご近所さん」

金光教放送センター
登場人物
・大藪 晴美 (大学生)22歳
・三林 勝 (自転車店主)45歳
・山崎 ツル (主婦)85歳
・山崎亀之介 (ツルの夫・元美術品鑑定士)88歳
・医者
・キン (黒猫)年齢不詳
(ナレーション:キン)
ゴロニャーン。おいらは、いろは団地に住みつく野良猫のキン。足の骨の手術を無事に終えて、毎日元気よく大学へ通っている大藪晴美さん。4年生なので卒業論文の提出などを控え、大忙しの毎日を送っている。その晴美さんが、いろは団地B棟の自宅を出て、駅への近道となっている小道を急いでいると、木造2階建ての、古いけれども何やら由緒ありげな家から一人のおばあさんが転がるようにして飛び出して来た。
ツ ル:だ、誰か、誰か助けて下さーい!(晴美にすがりつく)お、お願い、お願いします。しゅ、主人、主人が…死にそうなんです。
晴 美:えっ、ええーっ!
亀之介:(うめき声 苦しげに)
ツ ル:(亀之介に)あ、あなた、あなたー!
晴 美:(うろたえて)救急車! 110番! じゃなかった。119番。あたしのスマホ、スマホはどこ!?
ツ ル:やめて。救急車だけは。ピーポーピーポーってうるさい音。ご近所様のご迷惑になるもの。ね、そ、それだけは…!
晴 美:(弱って)う、うーん…。どうしよう。
(玄関のガラス戸乱暴に開いて)
勝 :ごめんよー!
晴 美:ああ、自転車屋のオジサン。いいところにきてくれた。車、早く車を出して!
ツ ル:(ワッと泣き崩れる)
医 者:…ハイ、残念ではございますが、病院に運ばれてきた時には、もうすでに心肺停止の状態で…。…手は尽くしましたが…。
晴 美:(悲痛に)…お、おばあさん…。
(ナレーション:キン)
おじいさんの遺体が、自宅へ戻って来た。おばあさん一人だけでは何も出来ないというので、晴美さんは大学のゼミのことも卒業論文のこともひとまず置いて…。アレレ、自転車屋の勝さんも仕事をほっぽり出して、おじいさんのお葬式の準備をしているよ。2人とも偉いなあ…。
ツ ル:晴美さん、あのね…新聞社に連絡をして、「山崎亀之介が亡くなりました」って伝えてもらえませんか。
晴 美:(驚いて)え、あの…「死亡記事」…おじいさんの死亡広告を出してもらうんですか?
(電話のベル音、ひっきりなしに)
(ナレーション:キン)
おじいさんの死亡広告が夕刊に出るや、大学の教授や博物館の館長さんたち、それに地元の政治家やらが大勢弔問にやって来た。なんと死んだおじいさんは生前、古い美術品を鑑定する権威者だったんだって。大勢の人たちに見送られて、おじいさんのお葬式が無事に終わった。
ツ ル:あなた方のおかげで、無事におじいさんのお葬式が出せました。何とお礼を言ったらよろしいのやら…。
晴 美:…いえ、あたしたちは何にも…。(涙をのんで)お一人でさみしくなられますね。
ツ ル:(箱を2つ取り出す)…これ――。
晴 美:何ですか?
ツ ル:おじいさんが生前とりわけ大切にしていた壺なんですけれども…(つぼが入った箱を開ける)
勝 晴美:うわあーっ。ス、スゴーイ!(と、口々に)
ツ ル:お礼のお印までに、お2人に1つずつこれをお納め頂きたくって。
勝 :それはとてもありがたいお話です。ねえ、晴美さん。
晴 美:…え、ええ…。このつぼ、私は素人でよく分からないのですけれどもどのくらいの価値があるものなのですか?
ツ ル:売れば、少なく見積もっても5百万円――。
勝 :ゴ、ゴヒャク…?
晴 美:ゴヒャクマン円!
勝 晴美:ワワワワワーッ!(ひっくり返る)
(ナレーション:キン)
晴美さんと勝さんの2人は、「どうしてももらってくれ」と言い張るおばあさんの願いを、考えた末にとうとう断ってしまったんだ。おいらにとっちゃ「猫に小判」だけれども、やっぱりちょっともったいないんじゃないの?
晴 美:この間、私はある少女に助けてもらったの。病院で隣りのベッドにいた女の子。神様だと思った…。私も、私も女の子みたいに神様になれたらいいのになって、その時にフッと思ったの。
勝 :(少し考えて)…晴美さんは、卒業論文でとても大切な時期なのにおばあさんを助けていたじゃないか。そんな晴美さんはキラキラ輝いて見えた。俺も頑張ろうっていう気持ちになれたんだ。
晴 美:オジサン…。
勝 :人を助けりゃこんなにも良い気持ちになれる、それを俺に教えてくれた晴美さんだって神様だよ。
晴 美:えっ。ヤ、ヤダー。あっ、キンちゃんがあきれた顔して、こっちを見てるじゃないの、ホホ、ホホホホホ…。
(ナレーション:キン)
ご近所さんとは仲良くするもんだね。晴美さんも自転車屋のオジサンも良かったねえ。…ところで晴美さん、卒業論文はどうなったの?
