ラジオドラマ「ようお参りです」第8回「ありのままの自分」


●ラジオドラマ「ようお参りです」
第8回「ありのままの自分」

金光教放送センター


登場人物
・あゆみ(20歳)
・母(あゆみの母・45歳)
・教会の先生(50歳くらい・女性)
・祖父(75歳くらい)

(電話のベル)

   (電話の向こう)もしもし、あゆみ。
あゆみ あ、お母さん。
   おじいちゃんが危篤なの。
あゆみ えっ! 
   急に倒れたのよ。帰れない? おじいちゃん口には出さないけど、あゆみに会いたがってると思う。
あゆみ うーん…、明日就職の面接なの。どうしよう…。
   じゃあ…ともかく…終わったらすぐに来て。
あゆみ 私は面接が終わってから実家に駆け付けた。と言っても電車で1時間半だ。祖父の臨終に間に合わなかった。「おじいちゃん、ごめんなさい…」。ゆうべ来ようと思ったら来られたのに。葬儀は金光教のお葬式だった。
あゆみ お母さん、金光教って?
   おじいちゃんが信心していたの。
あゆみ へーえ、知らなかった。
あゆみ 祖父の葬儀は、教会の先生によって、手厚く行われた。母より年上の女の先生だったので、ちょっとびっくりした。

   あゆみ、教会の先生のところにお礼に行ってくれないかな。
あゆみ 教会? 私が? お母さん行ってよ。
   私、パート休めなくて。

(ピイピイ、鳥のさえずり)

あゆみ 私はクッキーを焼いて持って行った。教会の中は静かで落ち着いていた。先生はクッキーを神様にお供えして…。
先生  お手製のクッキーなの?
あゆみ はい、私、製菓専門学校に行ってて…あ、お菓子の学校…。
先生  はい。
あゆみ パティシエになるのが夢なんです。
先生  まあ、それは良いわね。おじいさんもあなたのことをいつも気にかけて、お祈りをしていらっしゃいましたよ。
あゆみ (意外)おじいちゃんが?

祖父の声 あゆみはふびんな子なんですよ。娘が離婚しましてね。私が父親代わりにならなきゃいけないのに、私は不器用で、ただ見守っているだけで。

あゆみ 私…親が離婚して名字が変わってから、小学校でいじめられました。参観日にネクタイ姿の友達のお父さんたちの中で、作業着姿の祖父がそっとのぞいていたのが、とても恥ずかしくて…。今から思うと、工場の仕事を抜け出して来てくれたのだと思います。母は母で、いつも余裕がなくて働いていて。だから私は家の人の顔色を伺って、いじめのことも言えなくて、ムリして明るくしてました。
先生  そう、つらかったのね、我慢したのね。
あゆみ はい、中学の中ごろから成績が上がってきました。友達がいないから、勉強するしかなかったんです。
先生  頑張ったのね。
あゆみ すると、周りの目が違ってくるんです。「すごいんだね」って。
先生  ええ。
あゆみ それから私は、ありのままの自分なんて価値がない、人に気に入られる、良い評価をされる自分を演じるようになりました。
先生  今でも…?
あゆみ 疲れています。今は自分の存在価値なんて分かりません。
先生  そう…。
あゆみ 先生は、神様の方を向いて、深く静かに祈って下さった。

あゆみ やがて、私は第一志望のホテルに就職出来た。うれしかった。
夏休みに家に帰る途中、ふと、足が教会に向かった。

先生  よく来て下さったわね。
あゆみ はい。
先生  その後、どう?
あゆみ (思いつく・独り言のように)あ…そう言えば、今日は私の誕生日でした。
先生  あら、おめでと…。
あゆみ (前にかぶせて)おめでとうなんて言わないで! 私は生まれてこなければ良かった!
先生  あゆみさん!
あゆみ 先生はいきなり私を抱き締めた。温かかった。私は泣き出してしまった。
先生  何かあったの?
あゆみ (泣きじゃくりながら)また…人の顔色をうかがう自分が出てきて、せっかく夢だった仕事に就けたのに。だから…つらい…。
先生  …あのね…人に気に入られなくていいのよ。あゆみさん、「何も期待されていない」と思うと気が楽でしょ。
あゆみ (つぶやく)何も期待されていない…。
先生  本当は、あなたは頑張ってるんだから。私は、ありのままのあなたが好きよ。

あゆみ 私は家に帰った。母が祖父の遺品を整理していて。
   あゆみ、おじいちゃんが大事にしていた古い箱の中から、あゆみの子どもの時の物が色々出てきたわよ。
あゆみ これ、小学校の時の作文や絵だわ。こんなおじいちゃんの顔、描いたかなあ…。フフ…下手くそ。
   描いたわよ。おじいちゃん喜んで壁に貼ってた。隅にがびょうの穴があるでしょ、忘れたの?
あゆみ これ、通信簿だ。 (パラパラめくって…)
あゆみ あれ。おじいちゃんの字で隅に何か書いてある。

祖父の声 あゆみは無理をしていないか心配だ。私はどうしてあげたら良いのだろう。ただ祈るだけだ。

あゆみ 私は愛されていたのだと初めて実感した。胸がいっぱいになった。

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