ラジオドラマ「晴れのち晴悟郎」第4回「ずっといっしょに」


●ラジオドラマ「晴れのち晴悟郎」
第4回「ずっといっしょに」

金光教放送センター

(激流)

(ナレーション)
 大型の台風が街を襲い、川の堤防が決壊し、住宅街にも大量の水が流れ込みました。

晴悟郎:この辺りかあ…堤防が決壊して洪水の被害に遭った町ってのは…。いやー、ひどいもんだなあ。恐いなあ…自然の威力ってのは…。
恵美子:…ヤレヤレ…この辺り、ついこの間までは青々とした水田が広がって…今じゃ、もう。はあ。気が滅入るだけだ。長生きはするもんじゃないねぇ…。
晴悟郎:あの…、こんにちはー。
恵美子:(うさん臭げに)派手な色のバイクだねえ…どこから?
晴悟郎:東京です。どこへ行くのもこれだと手軽で。
恵美子:いいねえ。あたしなんか、生まれた時からこの町に住んで、外に出る機会もあまりなかった…死ぬまでここでって、そう思ってたけど、まさかこんなことになるなんて…。
晴悟郎:(暗たんとして)何かお手伝いが出来ることでもあればと…。
恵美子:ありがとう。でもどこから手を付ければいいかの…。
晴悟郎:でも、せっかく来たんですから何か…。
恵美子:そう。…じゃ、とりあえずうちでお茶でも。
晴悟郎:(けげんな思い)…お茶? 悪いですねえ、お手伝いにやって来たのに。掃除だとか水くみだとか何か力仕事でもあれば…。

(鉄ビンの湯チンチンと鳴っている)

恵美子:ま、いいからいいから。コーヒー? それともフツーのお茶?
晴悟郎:ええっと…じゃあお茶で。
恵美子:よしよし。

(ストーブの上の鉄ビンの湯沸く。鉄ビン、ストーブから持ち上げて湯呑みに注ぐ)

恵美子:お茶が入りましたよ。さあ。
晴悟郎:や、こりゃどうも。(お茶を飲む)あー、おいしい!
恵美子:(お茶一口飲んで)ああ…。

(鉄ビンの湯の音)

晴悟郎:…。
恵美子:いいねえ…鉄ビンの湯が沸く音…。それを、一緒に聞ける人がいるってこと…。
晴悟郎:…あの、ご主人…は?
恵美子:…死んだよ。もう十何年も前の話、病気で…。私は独りっきり。
晴悟郎:ああ…そうなんですか…
恵美子:あんた、連れ合いは?
晴悟郎:留守番してます、東京で。
恵美子:結婚は恋愛? あたしは見合いだったから、「この人と一緒にいたい」なぁんて胸を焦がしたことは、ただの一度もありゃしなかったけど…。
晴悟郎:私は一応恋愛結婚ですけれどもね。…でも、40年以上も連れ添ってると、今更「一緒にいたい」も何も。アハ…アハハハハ…。
恵美子:(ピシャリと)ずっと一緒にいられるなんて、絶対にありゃしない! 今度の台風でそのことがよおく分かった。朝夕見慣れてた庭の柿の木。春になればみずみずしい若葉を出し、秋になりゃ赤い実をドッサリ付けてくれる…カラスが実を突っつく…あたしと顔を見合わせてね、「オレにも寄こせ。カアカアー!」なあんて鳴くから、つっつくだけつっつかせて残りをね、干し柿にしてお父さんと二人でお正月に食べて…。
晴悟郎:…。
恵美子:死ぬまでずーっとあたしはそんな景色と一緒に暮らしてゆけるとばかり、思ってたんだよ、ついこの間までは…。
晴悟郎:(悲痛に)…おばさん…!
恵美子:(フッと明るく)そんなに悲しそうな顔をするんじゃないよ。(お茶飲む)ああ、…おいしいねぇ、このお茶。
晴悟郎:はい。おいしいです。
恵美子:ウフ…ウフフフフ…(と突然おかしそうに笑う)。
晴悟郎:(不思議そうに)…何が、何がそんなにおかしいんですか? 僕の顔に何かが付いているとでも?
恵美子:違う。なんだか急にうれしくなっちゃったもんだから。
晴悟郎:うれしい?
恵美子:あたしがお茶に誘ったら、お兄さん、「それじゃあ…」って言ってここまで付いて来てくれたじゃないか…。「一緒にいたい」って、そんなふうに思ってくれる人が一人でもいたんだってそう思ったら…。すぐにサヨナラになるけれどもね、それでも…。
晴悟郎:(遮る)お姉さん!
恵美子:(びっくりして)オネエサン?
晴悟郎:「お兄さん」って呼んでくれたからそのお返しに。人や風景は変わる…ずっと一緒にいられるなんてことはない…けれど…。今、死んだお袋がよく言ってたことを、ふと思い出したんです。
恵美子:お母さんが言ってたこと?
晴悟郎:「神様とならばずっと一緒に居られる」って…。
恵美子:…神様…か…。
恵美子:今の今まで神様なんて本当にいるのかって思ってたけど、こんなに辛い時にあんたのような心優しい人に巡り合わせてくれたのがもしも神様って言うんならば…。
晴悟郎:俺も、俺もそう思う…。
恵美子:また訪ねて来ておくれよ。今よりもずーっと元気になっているからさ。
晴悟郎:うん、来る! 来るよ! また必ず!…そして一緒にお湯の沸く音を聴こう!

(湯が煮えたぎる鉄ビンの音)
(バイクのエンジンの音)

晴悟郎:…あれ、俺は結局何をしに来たんだっけ?

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