ラジオドラマ「花ものがたり」第5回「ヤマユリ」


●ラジオドラマ「花ものがたり」
第5回「ヤマユリ」

金光教放送センター


登場人物  
夏子なつこ
石田いしだ(商店街の会長)
恵美子えみこ(石田の妻)
武雄たけお(本屋の主人・35歳)
みのる(小1の男の子)
・子どもたち


石田 おはよう夏ちゃん。
夏子 あ、薬屋のおじさん。おはようございます。父は今、市場に行ってて…。
石田 いや、お父さんじゃないんだ。夏ちゃんに手荒れの薬持って来た。
夏子 わあ、ありがとうございます。
石田 お花屋さんってのは、奇麗な仕事だと思っていたんだがな、夏ちゃんと知り合って認識が変わった。
夏子 そうですよ、手は荒れるし、冬でも暖房はつけられないし、力仕事が多いので万年腰痛、腕には筋肉…。
石田 その筋肉のついた力自慢の夏ちゃんにお願いしたいことがあるんだけど。
夏子 いやだー、力自慢だなんて。か弱い女性に…。
石田 ハハ…。実はね商店街の会長として、夏ちゃんにお願いがあって来たんだ。
夏子 はー、何ですか? 
石田 ほら、商店街の子どもたちの夏休みのキャンプ。
夏子 ああ、回覧板が来てましたねえ。
石田 そう、あれに夏ちゃん参加してくれないかなあ。
夏子 キャンプに?
石田 うん。参加する子どもたちは約15人、大人はわたしたち夫婦と本屋の武雄君と、後ねえ…頼んでもみんな断られて…。それで夏ちゃんに頼めないかと思って。
夏子 うーん、どうしようかなあ…。
石田 2泊3日だから、何とか都合つけてよ。
夏子 え、わたしにお手伝いできるかなあ。
石田 大丈夫だよ。

夏子 久しぶりの山の空気はおいしい。わたしは薬屋の石田さんに言われた通りに子どもたちの手伝いをやや緊張しながらする。

石田 おーい、たきぎ集まったかー。飯ごうでご飯炊くからな。係りの子どもは集まれー。
恵美子 みんな、武雄お兄さんと夏子お姉さんの言うことを良く聞くのよー。
子どもたち はーい、はーい。
夏子 カレー当番の人たち、こっちに集まってー。
子どもたち わーい。はい、はーい。
夏子 あはは、武雄さん、そっちの手が空いたらこっちを手伝ってね。
武雄 了解!
夏子 小さい子は6年生のお手伝いね。
  はーい。

夏子 おばさん、無事に1日目が終わりそうですね。
恵美子 そうね。あら、武雄さん、何か…。
武雄 (慌しく)稔君が泣いてるんですよ、なだめても泣き止まないんです、どうしよう。
夏子 稔君って、1年生の? ホームシックかなあ。
恵美子 ちょっとあの子の家複雑なのよ。最近親が離婚して、お母さんとおばあさんと一緒にいるんだけど、お母さんパートに行ってて…。
夏子 ああ、おばあさんてタバコ屋さんの? 分かりました。行ってみます。

(川のせせらぎ)

  (しゃくり上げながら)ぼく、晩ご飯の後片付けを手伝ったんだ。
夏子 偉いねえ。
  (同)そうしたら、5年生のこうちゃんが僕の洗った飯ごうが、「まだ汚れてる」って言うんだ。一生懸命手伝ったのに…。
恵美子 そうかあ、暗い所で洗うと、見えにくいから、洗い残すことがあるのよ。それをふいてくれた子が良く見てくれたから良かったのよ。そういう時にはね、「まだ汚れてたの、ありがとう」って言って、洗い直せばお互い気持がいいのよ。分かるかなあ?
  …うん。
夏子 稔君偉いよ、1年生なのにお手伝いして。お母さんも、今頃おうちで稔君元気にしてるかな、ご飯食べたかな、って思ってるよ。
恵美子 そうよ。
  (急に声を上げて泣き出す)ママは僕のことなんか、何とも思ってないよ!
夏子 ええ…。
  (泣きながら)僕なんか、いらない子なんだ!
夏子 どうして? どうしてそんなこと言うの?
  こないだ、「稔なんかいないほうが良かった」って言ったんだ。
夏子 …それは…稔君が何かいたずらをしたからじゃないの?
  パパも僕を置いてどこかに行っちゃった。
夏子 稔君、稔君。あのね、それは…。

夏子 どう慰めていいか分からなかった。わたしは稔君を抱きしめて川原に座っていた。親が何気なく言った言葉が、どんなに子どもの心を傷つけるか…。

恵美子 ねえ、みんなが心配してるから帰ろう。
夏子 おんぶしてあげる、はい、お姉さんの背中つかまって、よいしょっと!
恵美子 あのねえ、お母さんはいろーんなことがあって、疲れてクタクタで、それで、ついそんなこと言ったんだと思うの。今は、きっと稔君に謝りたいと思ってるわよ。本当は、君のこと大好きなんだもの。

(鳥のさえずり)

石田 さあー、きょうはハイキングだ、みんないいかなー。
子どもたち はーい。

  お姉さん、お姉さん。
夏子 何?
  お花がいっぱい咲いてるよ。あっ、あそこに大きい白い花。
夏子 あっあれは多分ヤマユリよ、いいにおいがするよ。

(草の茂みをかき分けて)

  本当だ。ねえ、これママのお土産にしたい。
夏子 うん、奇麗だから、お母さんきっと喜ぶよー。
  うん!

夏子 キャンプが終わって、迎えに来たお母さんは、ヤマユリの花を大事そうに持った稔君をギュッと抱きしめた。稔君はもちろん、満面の笑顔だった。

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