ラジオドラマ「ことの葉じんわり」第1回「生きて生かされる」


●ラジオドラマ「ことの葉じんわり」
第1回「生きて生かされる」

金光教放送センター

(プールで水中歩行を楽しむ人々の声、水しぶきの音)

き ぬ:和歌ちゃーん、和歌子ちゃーんッ。さ、もう一歩きしましょう。
和歌子:もうプールの中、1時間も歩いたんだからクタクタよッ。
き ぬ:あんたは私より6つ年下。お嬢ちゃんなんだからァ。
和歌子:私が? 82歳なのに?
き ぬ:(笑って)和歌子って名前が泣くわよ。アハハハハ…。

(ナレーション)
88歳のきぬさんは若い頃に夫を病気で亡くしましたが、一人息子の浩さんを立派に育て、今ではプールに通って気心の知れた仲間と身体を動かすことを楽しみにしています。ところがある日のこと…。

(畳の上に転ぶ音、椅子倒れる)

き ぬ:(悲鳴)イ、イタッ。アイタタタ…。

(玄関の戸、勢いよく開く)

 浩 :母さん! …大丈夫か? 母さん…骨ッ、骨は?
き ぬ:腰が…。腰を打っちゃって…取ろうとしたんだよ。
 浩 :何を?
き ぬ:箱。父さんが生きてたころ、よく作ってたじゃないか。趣味で人形を…。
 浩 :そう言えば、女の子の人形ばかり…。
き ぬ:欲しかったもんだからさ、女の子が。もう一度始めてみようと思って材料が入った箱を取り出そうと思ったのよ。
 浩 :馬鹿!
き ぬ:お前、親に向かって、言って良いことと悪いことが。
 浩 :今日は決算日だ。大切な客との商談を打ち切って抜け出してきたんだぞ。
き ぬ:そりゃ悪かったね。すぐにお帰り。もう何ともないから。
 浩 :じゃ、どうして呼び付けたりしたんだよ! 母さん1人じゃ何も出来やしないじゃないか! どうすれば!
き ぬ:どうすることもありゃしないよ。ここでじっとしていりゃ、すぐにお迎えが来るから。
 浩 :何てこと言うんだ!
き ぬ:お前の世話にはならない。安心おし。ハイ、さようなら。
 浩 :(あきれて)じゃ、帰るぞ。
き ぬ:勝手におし。
 浩 :どうなっても知らんからなー!

(夜、虫の声)

き ぬ:(柏手を打つ)…(間)あなたニコニコ笑っちゃって、いい気なもんですねえ、あなたの写真――。…一人であの子育てるの、大変だったんですよ。
一 郎:…。
き ぬ:何とか言って下さいよ、あなた。…(あくびをして)あぁ、何だか生きてるのがやんなっちゃった。
一 郎:(声)…生きて…生かされよ。
き ぬ:えっ、お父さん? 何? 何ですか?
一 郎:(声):…生きて、生かされてくれよ。(優しく)
き ぬ:…生きて生かされてくれよ? 生かされる…。(眠ってゆく)

(朝のノイズ)

(玄関の戸開ける)

和歌子:きぬさーん! きぬさーんッ!…おカアちゃーん!
き ぬ:(ハッと目覚める)…(時計を見る)イヤだ、もう9時…。
和歌子:入ってきちゃったわよッ。どうかしたの? 玄関の鍵開けっ放しだし…。
き ぬ:(ハッとなって)そういえば昨日はプールの日!
和歌子:昨日は寂しかったわ。「おカアちゃんがいないとダメだねェ…」って。
き ぬ:(不思議そうに)お母ちゃん?
和歌子:きぬさんのことを、みんなで「おカアちゃん」って呼んでるの。プールの中できぬさんは一番の年上。そのきぬさんが元気いっぱいで、「オイッチニッ、オイッチニ」って歩いてる…それを見るだけで、私たちは元気があふれてくるのよッ。小さな時、母親が元気に働いている姿を見るとワクワクしたようにね。
き ぬ:…あたしが、ただ元気で歩いているだけで?
和歌子:そう。
き ぬ:本当に、本当にただそれだけで?
和歌子:元気がいっぱいもらえるのよッ、おカアちゃん!

ユ キ:(心配そうに)おばあちゃーん!
き ぬ:おばあちゃん? 私は「お母ちゃん」ですよ。…誰?
ユ キ:私よ。ユキ。鍵開けてェ!
き ぬ:ユキちゃん、よく来てくれたねえ。…(と玄関のドアを開けて)…オヤ、浩も?
 浩 :この間はきついこと言ってゴメン。その後どう?
き ぬ:治っちゃったよ。私はまだまだ若―い「お母ちゃん」なんだから。アハハハ…。
 浩 :(心配そうに)頭は打っちゃいないよな。
ユ キ:おばあちゃんに、お願いがあってきたの。
き ぬ:何だい?
ユ キ:夏休みの宿題。お人形さん作ろうと思うの。お父さんが、「おばあちゃんは人形作りの名人だから、教えてもらえ」って。
き ぬ:待ってました! 浩、あの箱を取っておくれ。

き ぬ:そう…この中に綿を詰めて。お人形さんのお顔、ユキちゃんにソックリ!
ユ キ:おばあちゃんにもよく似てる。
き ぬ:私にも、こんなに若い時があったんだねェ…ハハハハ…。
ユ キ:今だって若いじゃん。
き ぬ:ハイ。いつまでも元気でいて人様のお役に立たなきゃッ。
一 郎:…生きて、生かされよ…。


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