ラジオドラマ「ことの葉じんわり」第3回「残った、残った」


●ラジオドラマ「ことの葉じんわり」
第3回「残った、残った」

金光教放送センター

(ナレーション:美加)
私は今日、信一さんと結婚式をあげました。披露宴がもう少しでお開きになるというころ、信一さんはなぜか落ち着かないそぶりを見せ始めました。

(宴会場のざわめき)

美 加:どうかしたの?
信 一:何でもない。
美 加:ウソ。貧乏ゆすりしてるもん。
信 一:もうすぐ花束贈呈式が始まる。
美 加:それがどうかした?
信 一:お袋、今朝になって「金びょうぶの前まで歩いていく。車椅子は使わない」って言って。
美 加:…で、でも…。
信 一:うまく歩けるワケないよなァ。松葉杖をついたとしても。右足しかないんだもの。
美 加:…でも、お母さんがそうなさりたいとおっしゃるのなら…。
信 一:途中で転びでもしたら…。
美 加:心配することないわ。だってあの夜だって、何もかもうまくいったじゃないの。
信 一:…あの夜?
美 加:あたしは看護師になって初めて迎えた当直日だったから、6年経った今でもはっきり覚えている。

(病院 担架の音)

美 加:(セカセカと)お名前は? お年は?
信 一:山本信一。高3…。
美 加:あなたのことではなく、今、救急車で運ばれてきた方。
信 一:僕がいけなかったんです。受験に必要な書類、家に置き忘れて、「大至急学校まで持ってきて!」てかしたからお母さん、慌てて自転車に飛び乗って…トラックにハネられて…僕のせいなんだーッ!
美 加:落ち着いて! お母さんの血液型、分かります?
信 一:死んじゃうんですか? お母さん…お母さんは…!

(ナレーション:美加)
お母さんの血液型は、特殊なRHマイナスAB型でした。それを知った医師や私たち看護師の間に思わず緊張が走りました。

看護師:先生ー! 保存の血液はありませーん!
医 師:じゃ他の病院を! 大至急!
看護師:すぐ連絡取りまーす。
信 一:看護師さん、何かお手伝い出来ることがあったら。
美 加:祈って!
信 一:えっ?
美 加:祈るの! 近くの病院になければ、地域のラジオを通して献血を呼び掛けてもらうしかないの。それも1人や2人じゃダメ。どれだけ多くの人が協力してくれるか…。
信 一:僕のはB型。親子だから大丈夫かも。先生! 僕の血をー!
美 加:祈って、あなたはただ祈ってッ。祈るのよーッ!
信 一:(不承不承)…う、うん。

(ナレーション:美加)
時計は夜の10時を回っていましたが、ラジオを聞いた人々がすぐに駆け付けて献血をしてくれたおかげで、危機一髪のところで信一さんのお母さんは命を取り留めたのでした。

美 加:良かった! 手術が無事に済んで。
信 一:母はいつ、いつ退院出来るのでしょうか?
美 加:ウーン、早くても、半年ぐらい先でしょうか。
信 一:そんなに長い間?
美 加:信一さんでしたね。高3なんだから、お母さんのことは私たちに任せてあなたは勉強! しっかりね。
信 一:(つぶやく)この看護師さん奇麗で頼りになるけど、厳しいなぁ。
美 加:何か言いました?
信 一:イエ…何にも…。

(宴のざわめき)

司会者:宴も、いよいよたけなわとなって参りました…。では、ここで新郎のお母さま、今は亡きお父さま、あ、お母さまがお写真をお持ちですね…そして、新婦のご両親様への花束贈呈式へ移りたいと思います。ではご準備の方を…。
信 一:(心の声)お母さん、無理するなッ。
司会者:大丈夫ですか、お支えしましょうか。
久 子:イエ、一人で歩けます。今日は信一の一世一代の晴れの日(杖の音)。お父さんだってきっと見守っていてくれる。

(大きな拍手の音)

信 一:(心の声)お母さんが車椅子から立ち上がった。杖を片手に…。大丈夫かなぁ…(思わず)お母さん、しっかりー。
久 子:(杖の音止まり、一瞬よろめく足音)あ、ああーッ。
信 一:(飛んでゆく)大丈夫かい?
久 子:バカだねえ、そんなに慌てて。片足だけだってちゃんと歩いてゆける!
信 一:…えッ?
久 子:お父さんが亡くなった時、「これから先、まだ5つのお前を抱えて、どうやって生きていったらいいか…」と途方にくれたけど、今日まで無事に生きてこられた…。
信 一:…お母さん!
久 子:手術台の上で夢うつつの時、暗闇の中からお前の祈る声が聞こえてきた…。大勢の人たちが、「私の血を使ってー!」と優しく励ます声も。私は大きな温かいものに包まれているような気がした…。
信 一:…大きくて、温かいもの…?
久 子:「神様」だと思った。その神様が、母さんの右足だけは残して下さったんだよ。
信 一:残して下さった?
久 子:失ったものを嘆いても何にもならない。「残してもらったものに手を合わせ、感謝をする」。残った、残ったってね…そんな生き方が出来れば…。

司会者:(ホッとして)…では、おそろいになりましたところで花束の贈呈式に入りたいと思います。

(拍手)

信 一:お母さんありがとう!
美 加:これからもどうぞよろしくお願いします!

(拍手、盛大に)

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