●ラジオドラマ「LIFE」
第6回「仕事」

金光教放送センター
登場人物
・中村幸雄 (26歳)
・校長先生 (田代)
・ミドリ (小学3年)
・ふさえ (ミドリの祖母)
(連絡船の進む、水音・エンジン音など)
幸雄 ぼくは連絡船で瀬戸内海にある小さな小島に向かっている。ほんまはこんな島の小学校に転勤するのは嫌やったんや。
けど、新卒で張り切って都会の小学校の教師をしていた時、散々な目に会うた。いわゆるモンスターペアレントと言う奴や。運動会でぼくが「気をつけ」と言うたら、「軍隊みたいな教育をするな」と言われ、「この写真、どうしてうちの子どもが中央に写ってへんのですか!」とどなり込む。ぼくはノイローゼになり、円形脱毛症にもなった。
見るにみかねた校長先生が、この転勤の話を持ち出したのだ。船着き場で白髪の男性がこっちに手振っている。僕にやろか。
(船の着いた様子)
校長 やあー、中村先生、お待ちしとりました。私が校長の田代です。
幸雄 あ、初めまして。ええ、ぼくが中村やってこと…?
校長 ハハ…、あの船に乗っとるのは、皆ここの島の者ばかりですよ。さ、アパートにご案内しましょう。ここの船着場が、この島の中心部みたいなもんです。
幸雄 見渡すと、小さなスーパーと商店が数軒あるだけや。えらい所に来てしもた…。
(足音、鳥の鳴き声)
校長 学校は、全生徒26名。
幸雄 全校で、ですか?
校長 はい。
幸雄 思わず校長先生の顔を見た。澄ましている。前の学校は全校で700人やった。きっと校舎も木造でボロボロなんやろなあ…。
校長 中村先生は…。
幸雄 はい。
校長 自炊生活しはったことありますか?
幸雄 いいえ、今までずっと両親と一緒でしたから。
校長 そりゃそりゃ…。まあ、何とかなりますやろ。
幸雄 何とか、なんてなる訳ないやないか…。今まで「うるさい親や」と思てた自分を反省。
校長 ここが、先生のアパート。学校は、えーと地図、この紙に書いときましたから、ここから歩いて10分ほどです。
幸雄 ああ、はい…分かるでしょうか?
校長 はいはい、他に建物は何もありませんから。分からへんかったら、誰ぞに聞いて下さい。ほいじゃ、明日が2学期の始業式ですからよろしく。
幸雄 ああ、ありがとうございました。
幸雄 「誰ぞに聞く」て、ここに来るまで猫の子1匹会わへんかったやないか。アパートに入ってみると、思てたより奇麗や、新しい。窓を開ける、アパートが高台にあるので、青い海が一望のもとや、景色だけは超ラッキーやと思てたら、腹がグウと鳴った。米だけは母親が持たせてくれたけど、まさか、米だけというのは…。まあ、船着場に行ったら何かあるやろ。
(戸をたたく音、戸を開けて)
幸雄 はい。えーと、どなた?
ミドリ 先生こんにちは。今度来はった先生でしょ。さっき家の前を校長先生と通らはったから。
幸雄 そうやけど。
ミドリ 石田ミドリといいます、3年生です。
ふさえ うちはこの子の祖母でございます。先生の晩ご飯、あらへんやろ思て、お弁当作って持って来ましたわ。
幸雄 えっ、それは感激やなあ、ありがとうございます。
ミドリ ほな、先生明日。そうや、うちが迎えに来ましょか?
幸雄 君の家はどこ?
ミドリ この、前の坂道下りたとこです。
幸雄 こうしてぼくの島での生活が始まった。びっくりしたことに、学校は鉄筋コンクリートの立派な建物やった。ぼくは1年生から3年生を受け持っている。
幸雄 1年生と2年生はそのプリントの計算問題しててや。はい3年生、長方形の角はそれぞれ何度でしょう。
子ども達 はーい、はーい。
幸雄 子どもたちは皆素直で可愛い、土地の人たちは道を歩いていると、「先生ちょっとちょっと」と呼び止めて野菜をくれる。学校の用務員さんは、魚釣りに誘ってくれた。ぼくはこの島が大好きになった、そして心から神様に感謝した。田舎やから嫌やと思てた自分がとても恥ずかしい。
校長 先生先生。
幸雄 あ、校長先生。
校長 ニュースで夕方から大きな台風がくる言うてましたが。
幸雄 え?
校長 懐中電灯にラジオを用意して。ねっ停電になると断水になりますから、風呂に水をためておかれたらええと思います。
(雨の音)
幸雄 取りあえず船着場で買い物をしての帰り。
(風と雨音激しく)
幸雄 わあー、急にえらい風や! 歩くのもやっとやな、これは…。ここは…ミドリちゃんの家や。えらい古い家やけど大丈夫やろかなあ。
(ドンドン戸を叩く)
ミドリ 先生!
幸雄 ミドリちゃん、お婆さんも、ぼくのアパートに避難しよう。カッパか何かありませんか!
ふさえ へえ、おおきに。
幸雄 お婆さん、ぼく背負うたげるわ。一人やったら風に飛ばされてしまうわ。ミドリちゃんも、しっかりぼくの手を握ってや。
ミドリ はい。
ふさえ おおきにおおきに、先生は神様みたいや。
幸雄 違う違う、ぼくを育ててくれたのは、この島の人たちだ。そう言うたが、声が風で吹き飛ばされた。
