仕事を通して学んだこと


●特選アーカイブス
「仕事を通して学んだこと」

三重県
金光教安濃津あのつ教会
河野徹弥こうのてつや 先生


 私は以前、手作りの楽しい食器や衣料品など、身の周りの品を扱う小売店を営んでいました。おしゃれな日用品ですから贈り物としてもたくさんご利用いただきまして、配達を頼まれることも多くありました。遠方は送料を頂いて宅配便に出しましたが、近くは無料で配達しました。
 今日は、配達の仕事を通して、私の心が磨かれ育てられてきたことを、お話ししたいと思います。
 私の仕事の中で、配達はお買い上げの後のサービスですから、頼まれた住所へ届けるだけのことで、特に難しい仕事ではありません。
 しかし、怠け者の私は、暑いだの、寒いだの、あるいは雨が降っているなどと、何かにつけ面倒だなあと思い、いやいや配達に出掛けていました。また、配達先が留守の時は、愚痴、不足を言ったり、住所が間違っていたために届けられなかった時は腹を立てたりしていました。
 配達先の人たちも十人十色で、「ご苦労さま」と実に気持ち良く受け取ってくださる人もあれば、無愛想な人もあって、そのたびに私も気分良くなったり不愉快になったりと、気持ちが変わりました。
 あるお宅へ配達に行きましたら、スポーツの実況放送に熱中していて、応援しているチームが負けていたのでしょうか、イライラしながら、テレビの画面に釘付けになっていました。一瞬のチャンスも見逃すことができなかったのでしょう。そんなところへ、お構いなく入って行って、「配達です」と大声を掛けたものですから、早く置いて帰れとばかりに追い立てられました。時には、「そこへ置いていけ」と、中から怒鳴られる場合もありました。また、ある時は、テレビのドラマに陶酔していて、そこへ声を掛けたものですから、ドラマの夢を破られて、恨めしそうに出てくる人もありました。特に、夏の午後は昼寝をしている人も多く、せっかくいい気持ちで寝ているのに、玄関のブザーの音で起こされてしまい、膨れっ面で眠気眼を擦りながら出てくる人もありました。私は、不愉快な態度をされますと、わざわざ届けに来たのにと思い、悔しくなるばかりでした。
 私は当時、すでに金光教の信心をしていましたが、今思えば随分と身勝手な信心でした。金光教の教祖は、「我慢はよくできても、腹の立つのを押さえ込んでいるのでは気分を痛める。それでは、まだいけない。もう一つ進んで、腹の立つということを知らないようになれ。そうすれば身の薬である」と教えています。私は、自分の心がこの教えとほど遠いことを思い、神様におわびするようになりました。そして、ある時、自分の心の在り方が間違っていると気づき始めました。今までは自分の都合だけを考えて、腹を立てたり悔しがったり、人の批判ばかりしていたのではないか。自分の心を調べていくと、実は、自分こそわがままで強情で短気者であること、自分の都合だけで相手を見ていることに気づいたのです。
 そこで、それからは、相手の立場を考えて配達するように心掛けていきました。そうすると、「お邪魔します」「お楽しみのところごめんなさい」「ありがとうございました」とのあいさつが、口先だけでなく心から言えるようになってきました。さらに、これまでは、不都合なことが起こるとすぐ言い訳がましいことを言っていましたから、相手に反発されるという結果を招いていましたが、それからは、ご迷惑なことがあれば、まずおわびをしなければと思うようになりました。
 相手の立場を考えるようになって、お店に来られたお客様に対しても、私の態度が変わってきました。お店は私のところだけでなく、他にもたくさんありますのに、わざわざ私の店に来てくださったお客様のお気持ちに対して、心から「いらっしゃいませ」と言えるようになって、お客様から「感じの良いお店だ」と一層可愛がっていただくことになってきました。また、お客様が少ないと悲観ばかりしていましたが、今日おいでのお客様にまず感謝する心が芽生えてきますと、今日の売り上げがどれだけであろうともありがたく思えるようになってきたのです。
 さらに、それだけではありません。仕事を離れての生活の上にも感謝の心が育ってきました。今までは、食事は口にかき込むようにして食べていましたが、この食物のおかげで私の命があるのだと思うようになって、どんな食物でもありがたく頂けるようになりました。夜寝る時にも布団のおかげで暖かく休ませてもらえると思うようになって、布団を拝めるようになりました。毎日いろいろな人や物のお世話になっている自分であることに気づいたのです。金光教の教祖は「天と地の間に人間がいる。天は父、地は母である。人間、また草木など、みな天地の恵みを受けて地上に生きているのである」と教えています。自分中心に人や物を見ていた私が、周囲の人や物の立場に心を向けることによって、天地の恵みにまで心を向け、感謝できるようになったのです。
 不平不足は自分中心の心の構えに原因があると分かり、感謝の心を常に持つように心掛けていくと、次第に安らぎが生まれ、豊かな気持ちになることが理解できるようになったのです。しかし、感謝の心は常に育てていく努力を続けなければ、すぐ自分中心の不足だらけの心に戻ってしまいます。
 私は朝、目覚めた時に、「今日も命を頂いています。ありがとうございます」と唱えることにしました。天地のお恵みに心を向けて朝の出発をしますと、一日が生き生きとしてくるのです。たとえ苦しいことがあっても、自分を鍛えてくれるお恵みと受け取るように努め、今日も一日、私の心を磨いていきたいと願っています。

(平成4年2月5日放送)

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