●私からのメッセージ
「今日のご飯、なんにする?」

福岡県
金光教不知火教会
池本ひろ江 先生
おはようございます。金光教不知火教会で奉仕している池本ひろ江です。みなさんは、毎日の献立を考えるのが憂鬱になる時ありませんか?
よく友達とも「毎日の献立を考えるのが一番のストレスだよね」と話になります。今はスマホで簡単なレシピが検索できたり、材料を打ち込むだけでメニューを提案してくれるサイトもあるので、恵まれているとは思いますが、それでも、やる気がまったく起きない時があるんです。
そんな私が神様に心を向けただけで、憂鬱な献立や料理が、楽しくうれしく、ときめきながら作れた体験をお話ししたいと思います。
ある日、外出先で、前から行ってみたかったスーパーを見つけ買い物をしました。いつも、ついつい買いすぎてしまうので、神様に「無駄な買い物をしませんように」と、その場でお願いしました。大きめの袋にたっぷり入ったおからを見つけ、料理にもお菓子作りにも使えるので、購入しました。次の日、冷蔵庫を開けると、数日前に「お買い得」の文字に惹かれて買った人参が黒ずみ始めていました。
ふと「この人参を活かしておからの煮物を作ってみようかな!」と思いました。めんどくさがりの私は滅多に作らないメニューですが、神様が人参を活かすために、おからと出合わせてくれたように感じ、作ってみたくなりました。
意外とおいしくできたので、近くに住む長女に分けてあげようと思い連絡すると、「体調悪くて料理ができないから、助かるよー」と言うのです。「人参も活かせて、困ってる娘のサポートまでできるなんて、神様すごい!」と心がときめきました。
次の日、奥さんが闘病中で、慣れない家事を頑張っておられる方と、独身で外食が多く、手料理を喜んでくれる方がお参りに来られました。「お2人にも渡せるように、おからの煮物を作らせてくださったのかな」と感じ、お渡しすると、2人ともとっても喜んでくれました。私の心はめんどくさいより、ありがたいが増えていました。
またある時は、夕食に合いびき肉を使ってガパオライスを作るようにしていました。ピーマンがなかったので、出かけるついでに買うつもりでしたが、うっかり忘れて帰ってきてしまいました。「今ある材料でしたほうがいいってことかも?」と思い、ハンバーグに変更しました。すると、仕事から帰ってきた次女が、「やったー! 今日は無性にハンバーグが食べたかったんよー」と言うのです。私はうれしくて思わず、ピーマンを買い忘れた時に神様を思い出してメニューを変更したことを話すと、「すごいね。神様に心を向けて料理をすると、こんなミラクルが起きるんだね。今日仕事で失敗したけど、明日は、お願いしてやってみよっかな」とありがたい会話が続きました。
神様と一緒に献立を考える面白さや、ありがたさを体験していくと、自然とイレギュラーな出来事も楽しめるようになっていきました。
久しぶりに家族そろって晩ご飯での出来事です。いつものようにお願いして、準備に取り掛かろうとしていると、急な用事が入りました。けれど、これまでの体験があるので、神様に心が向きます。「どうぞ、焦らず楽しく準備ができ、みんなが喜ぶ料理ができますように」と願い、気持ちよく用事を済ませることができました。
準備に取り掛かり、お魚があったので、和食にしようかと考えているところに、長女の嫁ぎ先のお母さんが、栗ご飯を持って来てくれました。「今日和食にしようと思っていたんです。助かります!」と伝えると、お母さんも「お役に立ててよかった!」と喜んでくれました。
後から娘のお婿さんが「母がいつも連絡もせず、突然来てすみません」と謝ってきました。「そんなこと気にしなくていいよ。和食にしようと思ってるところに栗ご飯がくるんだよ? すごいよね! お母さんの真心もありがたいよね」と話すとお婿さんも笑顔になってくれました。
神様に心を向けると、パズルのピースがパチッと気持ちよくはまっていくように、全てが活かされ整っていくので、家族の会話も「ちょうどよかったね! すごいよね!」と盛り上がり、いつもの晩ご飯が、何倍もおいしく楽しい時間になりました。めんどくさがってばかりの私なのに、神様は、いつも優しく導いてくれます。食材にも、イレギュラーな出来事にも、ありがたいなあ、もったいないなあという心が湧いてくるようになりました。
私が神様と一緒に献立を考えるようになったのは、信心を伝えてくれた今は亡き祖母と過ごした日々のおかげです。祖母は、神様からの賜り物として、食材をとても大切にしていました。それだけでなく、その時の状況や出来事すらも活かしていくことを教えてくれました。思い出すのは、いつも「ありがたいね、もったいないね」と手を合わせていた姿です。
戦中戦後、物がない時代を生き、大家族の食事をまかなうために、祈りと工夫で食材を最大限に活かして作った料理は「忘れられないおいしさだった」と母から何度も聞かされました。貴重な栄養源だった卵がみんなの口に入るようにと、お醤油で薄めた茶色の卵焼き。小さな切り身でもおかずになった魚の味噌漬け、お肉が入ってないけどみんなが大好きだったカレー。神様にお縋りしながら作った料理は、少ない量でも不思議とお腹が満たされたと言います。
祖母が台所に立っていた時代とは、比較にならないほど恵まれた環境の中にいながらも、めんどくさがりの私はつい大切なことを忘れがちです。だけど、神様に心を向けて一緒に献立を考えることで、自分の力で作っているのではなく、たくさんの物、人、神様の働きがあって作らせてもらっているという感謝の心を思い出すことができます。これからも、神様と一緒に献立を考え、「ありがたいね、もったいないね」に出合っていきたいと思います。神様と一緒に考える献立、みなさんもぜひ、やってみてください。
