●信者さんのおはなし
「何かにつながる良いことと信じて」

金光教放送センター
(ナレ)現在45歳のサツキさん(仮名)は、幼稚園から高校生までの3人のお子さんの母親です。これまで、子育てのいろいろな悩みを教会の先生に聞いてもらい、乗り越えてきました。数年前、当時小学4年生だった一番上のお子さんが、病気で入院しました。
幸い入院は1カ月ほどですみましたが、通院治療が数カ月続くことになりました。その間、小学校に通えませんでしたが、病気が良くなるまでの間、一人コツコツと自習をするのが習慣になりました。このことを教会の先生にお話ししたところ、次のように言われました。
(サツキ)「これから起こってくる大変なことに耐えられるように、今、練習しとるんや」って言われたんです。その後コロナがすぐやってきて。一人でやってくれる習慣がついてたので、「あ、これやったんや。この練習やったんや」って思っとったんです。
(ナレ)数年後、今度は下のお子さんに変化が起きました。
(サツキ)小5になって、たぶん思春期に入ったんだと思うんですけど、すごい騒ぐようになったんです。ギャーギャーとかって。夜出てってまったりとか。家の中でも暴れまくったりするもんで、大変で、大変で。
(ナレ)下のお子さんは、気持ちが荒れて小学校にも行かない日が増えました。どうすることもできなくて落ち込むサツキさんの思いを、教会の先生たちがいつも受け止めてくれました。
(サツキ)私ももう、どうしていいかが分からなくて。いつも何かくらーいお届けばっかりしてたんです。
子どもの味方になって励ましてくださったりとか、何か良い所を見つけて。私がお届けすると、「ここは良かったね」とか言ってくださったり。で、私も何か、だんだん良い所を見つけるようになってったんです。
(ナレ)爪の先ほどの小さいことでも喜ぶように努めながらお子さんに向き合う日々を経て、ついに小学校の卒業式の日を迎えました。サツキさん夫婦はとても喜びました。
ところが、その卒業式で事件が起こりました。その日、読むはずの母への感謝の手紙を、クラスメイトに隠されてしまったのです。結局その手紙は出てこないまま、中学生活が始まりました。
中学では、念願の剣道部に一度は入ったのですが、卒業式で手紙を隠した子も剣道部に入ってきたので、やむなく合唱部に転部したそうです。しかしその合唱部に入ったことがお子さんの心に大きな変化をもたらしたのです。
(サツキ)合唱部入ってから、「生き生きしてったよね」、「ニコニコニコニコしとるようなったよね」って。「合唱部に入ってよかった」って言ったんです。「歌の歌詞とか、歌っとると勇気づけられる」って言ってて。私もそれ聞いて、手紙を取られへんかったら、合唱部入ってなかったやん、て。なんか、こうまでしてもやっぱり、合唱部に入らなあかんかったんやろうなって。ここまで神様の差し向けなんやろうなっていうのが、すごい感じたんです。
(ナレ)一方その頃、一番上のお子さんは高校受験を目指して勉強を始めました。けれど、それまで兄弟のことで家の中が落ち着かず、ほとんど勉強ができていませんでした。この数年分を取り戻すのは大変なことでした。
(サツキ)なかなかその追いつかないですね。中1からのことをやってかないかんもんで、でその、はっと思った時に、「あ、親先生が言われた大変なことって、これやったんやあ!」と思って。まったくやってないところを、一人でコツコツコツコツ埋めてかないかん、ていう。コロナじゃなくて、これやったんやと思って。ぱって思ったんです。
(ナレ)こうして一番上のお子さんは、幼い頃入院して身に付けた自習の習慣のおかげで、無事に志望校に合格することができました。そして迎えた新学期。サツキさんは料理をしていて、引き出しの奥に、紙に包まれた包丁を見つけました。
(サツキ)私ちょっとあの…、包丁を使ってない時期があったんです。いつもその、あの…、テーブルナイフあるじゃないですか。あれで野菜をいつも切ってて。
(ナレ)落ち着きを失っていた子どもの目につかないように、包丁をしまい込んでいたというサツキさん。その包丁には、教会で頂いた、数粒のお米を和紙で包んだお守り…「ご神米」が添えてありました。
「もし、万一のことがあって子どもが包丁を手に取ってしまっても、どうかこれを目にすることで思いとどまってほしい。どうか神様に助けてもらいたい」、そういう思いで、包丁を新聞紙で何重にもくるみ、その上にご神米を重ねて、しまっていたのです。
(サツキ)こうやって新聞紙に包んで、その上にご神米さんを置いて、置いとったんです。もし、子どもがこれで一個ずつ開けてってまったとしても気づいてほしいなと、神様に助けてもらいたいなと思って。そこに包んであったのを、その時に思い出して。あ、知らん間に、こんなこともしなくっても良くなったんやなと思って。それがうれしくて、うれしくて。
(ナレ)これまでを振り返って、サツキさんはこう語ります。
(サツキ)特にこの、子どもたちの、このいろいろですよね、それがあって、悪いことが起こっても、何かその、これ差し向けていただいとるものなんだなって、そのあと何か、その、何かに繋がる良いことなんだなっていうのが、あの…気持ちが明るくなったかなっていうのがあります。教会があって良かったと思って。それこそもう誰にも言えなくて。教会でお話しさしてもらえるもんで、聞いていただいて、神さんに。ちょっとすっきりしてね、帰って行かせてもらえるのが。だから生きとれたんやなと思って。
(ナレ)教会を支えに、この先の良いことに願いを込め、これからも明るい気持ちで子どもたちを見守っていくサツキさんです。
