妻と、神様に、出会った。


●信者さんのおはなし
「妻と、神様に、出会った。」

金光教放送センター

 

(ナレ)名古屋の、人も車も慌ただしく行き交う大きな通りから、少し入った閑静な住宅街の一角に、金光教御器所ごきそ教会はあります。もう少しで百年を迎えるというこの教会で、近藤浩二こんどうこうじさんにお話を伺いました。
 浩二さんは65歳。高等学校で体育を教えています。浩二さんが金光教に触れるきっかけとなったのは、のちに妻となる女性、真由美まゆみさんとの出会いでした。そこには、素敵なドラマがあるのですが…。今回は、浩二さんの、金光教との出会いについてお聞きください。
 浩二さんは、真由美さんが金光教を信仰しているということは、結婚前から聞かされて知っていました。ちょうどその頃、宗教がらみのニュースが世間を騒がせていたこともあって、浩二さん自身、宗教というものに対してあまり良いイメージを持っていなかったと言います。でも、真由美さんと一緒に過ごし、話を聞いたりしているうちに、むしろ彼女が大切にしている金光教と教会に、興味をひかれるようになっていったのでした。

(近藤)最初にお引き寄せいただいて金光教に触れさせていただいた時に、とても生活に、理に適っているっていうんですか。そういうふうに思いました。で、すごくいいなと思ったのは、それぞれ個人の方がすごく信仰に対して前向きに捉えられているなということ、そこがすごく印象に残りました。
 それとあと、強引な布教ということは一切なく、そういった姿勢っていうのに共感が持てました。
 妻からも、「自分は参拝させていただくけど、あなたはどちらでも構わないから」と言われていました。

(ナレ)そんなふうにして、浩二さんは自然と教会に参拝するようになります。ただ最初の頃は、祭典や行事の時だけでした。
 転機は37歳の時。それまで元気だった父親が、職場で倒れたのです。「無理が重なっていたのだろうか」ぐらいに考えていた浩二さんに、入院先のお医者さんは思いもよらぬ病名を告げます。それは「骨髄性の白血病」。今なら良いお薬もでき、治療法も進んでいるでしょう。しかし、30年も前のことです。お医者さんからは、「お父さんの余命は最短で半年でしょう」と言われてしまいました。その時、浩二さんは「頭が真っ白になって、どうしてよいか、見当もつかなかった」と言います。それでも、とにかくできるだけ、病室で父親に付き添うことにしようと決めたのでした。
 そして、10月のある日、休暇をとって父親のもとを訪れた時のことです。

(近藤)病室へ向かうと看護師さんがバタバタと、ただならぬ状況で、父に声をかけると、一瞬反応したように思いました。その直後に父は69歳で息を引き取りました。父の臨終に神様がお繰り合わせくださったんだなということを、その時思わせていただきました。

(ナレ)父親の余命宣告から臨終までのことを、浩二さんは思い出しながら、克明に話してくれました。そして、この一連の出来事を通して、教会への参拝や神様にお願いすることについて、自分の中に変化が生まれたと振り返ります。そのあたりをもっと詳しく知りたくて、重ねてお尋ねしたところ…。

(近藤)そうですね…。今できることは何かなって、父に対して。それで、基本的には何もできないなっていうふうに思ってたんですけど、神様にお願いすることだけはできるなっていうふうな感覚でしたね。

(ナレ)浩二さんは毎朝、通勤の道中、教会に参拝して、父親のことを神様にお願いし、教会の先生にもその願いを聞いてもらいました。そんな中、教会の先生から、「お父様のこと、きっと神様がいいようにしてくださいますよ」と言われたのです。

(近藤)そのもちろん長生きをしてほしいという気持ちはありますし、まあ、がんの一種なので、お医者さんがそう言われると治ることはないだろうなっていうふうには思ってましたけれども、で、「いいようにしてくださる」っていうのは、たぶんあんまり苦しまないとか、本人にとって一番いい状況になるっていうことをお繰り合わせていただくのかなっていうふうには思わせていただきました。
 なので「余命半年」って言われて、半年よりもちょっと長く命を頂いたっていうことで、すごくありがたいなっていうふうには思わせてはいただきました。
 まああのう、そういう言い方するとどうかなとも思うんですけど、それこそ先ほど申し上げたように、自分のできることって、要は何もないわけじゃないですか。何もないんだけど、いろいろ、その何もない中でできることは何だろうっていう自分自身に対する問いの答えが、やっぱり神様にお参りをすること、お願いすることっていうふうに、自分の中で割り切れたというところかなっていうふうには。それはやっぱり妻からの信心っていうのが、自分に対してそういう気持ちにさせてくれたっていうことと、神様がそこに入っていただいて、自分に対していろいろお繰り合わせをくださったんだなっていう。

(ナレ)その後も、母親が病気になった時、そして亡くなった時、また仕事のストレスでいっぱいいっぱいになった時など、事あるごとに教会へ参拝し神様にお願いするということを重ねました。そして、そのことが、浩二さんにとって、生きる上での大切な支えとなっていきました。
 何気ない出会いから、自然とそばにある、そしてかけがえのない間柄に。浩二さんは、神様とそんな歩みを進めてきたようです。そして、きっと、これからも。

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