●第4回
「かんべむさしの金光教案内7」

金光教放送センター
おはようございます。かんべむさしの金光教案内、4回目の今朝は、斎藤重右衛門という、豪放磊落な先生を紹介させていただきます。
斎藤先生は、幕末にはまだ少し間がある文政時代に、備中笠岡、今の岡山県笠岡市で生まれられました。農家の次男坊でしたが、子供の頃から気が強くて、父親に叱られた時なんか、「打つなら打ってみい。今は小さいから負けておるが、大きくなったら仕返しをしてやるから」と言い返してたという。ただし、自分が悪かったと思ったら、すぐに真剣に謝るという、そんな一面もあったそうです。
若い時代には、酒とか綿、田畑の肥料なんかも扱う店に奉公して、大番頭にまで出世したんですけど、そこは嘘やごまかしの商売をする店だったので、それが嫌でやめてしまわれました。
そして29歳で結婚して子供も出来、その後、分家して農業を始められて、20年ほど経ったら、笠岡でも指折りの地主百姓になっておられたという。夫婦ともに、骨惜しみせずに働く人だったことが分かりますね。
ところがある年、その奥さんが、当時の言葉でいう「血の道」、重い婦人病で寝付いてしまって、医者にも見放されました。そこで奥さんは、「最後のお願いです」と、御主人に頼まれました。同じ備中で、「近頃、大谷の金光様が御利益が多いと聞いております。一度そこへ参って、お願いしてみてくださいませんか」。
しかし斎藤先生としては、そんな「はやり神」みたいなところに参るのは嫌だし、その姿を知り合いに見られたら、「あの片意地な男が、嫁さんのためにはそうまでするか」と、笑われるんじゃないかとも思う。仕方なく出かけましたけど、気が進まず心を迷わせて歩くうちに、とうとう大谷の金光様のところに着いてしまったんですね。
そしたら、農家の一部屋で教祖さんが参拝者に、「とかく信心は真の心で、親に孝行、人には実意丁寧、家業を大切に勤めて、どんな神や仏も敬って」と、教えておられる声が表にまで聞こえてきた。それを聞いた斎藤先生、「さても天理じゃ。道理じゃ。世間の広いことを言われる。これが真の神様じゃ」と感服され、それで家のなかに入って、奥さんのことを頼まれたんです。
その結果、奥さんの病気は快方に向かいだし、斎藤先生も信心を始められて、足繁く大谷に参るようになりました。信心の境地がどんどん進んで、教祖さんから、「神も頼りにする。どうか神の片腕になってくれ」と言われて、地元の笠岡でも布教を始められたんです。
そしてそれについては、「私は人並みの信心はしません。人が困ってる人を10日で助けるのなら、私は5日で」と、日夜精魂を込めて祈られ、「信者の大病の願いには、自分の倅の命に替えてでもと、願わずにはおれん」とまで言っておられます。
そのかわり、信者さんたちには厳しかったようで、「神様に叱られるとひどいから、わしが叱ってやるのじゃ」「わしを雷と言うが、雷が鳴らねばならん時の、たまらぬ気持ちを分かってくれ」という言葉もあります。
一方、貧しい人たちのために、蓄えてあった麦とか薩摩芋を大量に施されもしました。薩摩芋なんか大方千貫目、3750キロほどもあったというんですから、どれほど大きな地主百姓だったか、それだけで分かりますね。
ところが、その布教ぶりを快く思わない者たちが、お上に取締りを願い出まして、斎藤先生、信者さんたちとともに教祖さんのところへ参った帰り道に、役人に捕まってしまいました。またその参拝の仕方も、役人たちを怒らせた。豪快な人ですから、沿道の村人たちにも大谷の金光様を知らしめようと、大きな駕籠に乗り、お供え物をたくさん担がせて、大名行列みたいな派手さだったんですね。
しかも捕まって牢に入れられ、数々の拷問を受けたんですけど、役人が縄できつく縛り上げたら、持ち前の気の強さで、「もっと締めてみい」と徴発したという。そんなわけで75日間も拘留されて、手錠を掛けられてた両手は、腐ってウジがわいたそうです。
そして、その剛直な一本気の性格で、教祖さんを真っ向から批判されたこともあります。というのは、金光教は当時から現在に至るまで、賽銭やお供えは信者それぞれの心にまかせて、誰それがいくらなどと書く、寄付札なんかも出さないことになっております。
ところがある時、世話人がぜひにと頼み、部屋に寄付札を貼り出すのを、教祖さんも黙認されたんですね。さあ、それで斎藤先生、これは神様の教えに背くことだと怒って、「人情に流されなさったな」「頭が腐りなさったな」と、教祖さんをきつい言葉で批判して、そのあげく、「もうここには参ってきませんぞ」と宣言されました。
とはいえ、のちに笠岡の信者の願い事について参ってきて、教祖さんが、「今日は用事があるらしくて、参ってきました」と、笑っておられたという話も伝わっております。
しかしまあ、とにかく斎藤重右衛門先生、豪放で勢いのある方だったんですね。
はい。それでは来週は、金光教の教えにあります、「お礼・お詫び・お願い」ということについて、お話をさせていただきます。ありがとうございました。
