シリーズ「あなたへの手紙」第2回「①ネットショッピングに依存/②一人で姑の介護」


●あなたへの手紙
第2回「①ネットショッピングに依存/②一人で姑の介護」

金光教放送センター


 おはようございます。兵庫県金光教三木みき教会の片島斎弘かたしままさひろです。最初は40才男性からのお悩みです。

 「無駄な買い物がやめられず、悩んでいます。ストレス解消と思ってネット通販で買い物をしました。その時はいい気分転換になったのですが、それ以来、通販サイトを見ることが癖になってしまいました。さらには特に必要のないものまで、つい購入してしまい、そのたびに後悔しています。
 先々のことを考えると、少しでもお金を貯めておきたいと思うのですが…。どうしたらいいでしょうか」


 このようなお悩みです。

 ストレス解消のために始めた買い物が逆にストレスの原因になるのはつらいですね。まずは自分を責めないでくださいね。私も以前、ゲームセンターのクレーンゲームにはまって悩んでいました。子どもと一緒に行った時、運良くラジコンを取れたことがきっかけでした。その達成感と子どもたちの喜ぶ顔にやられてしまい、それ以来、ゲームセンターに行くたびにクレーンゲームに一直線。次第に、欲しい景品がなくても何か取らないと気が済まなくなり、思った以上にお金を使ってしまうこともありました。ネット通販も同じで、お金に余裕がなくても「ポチッ」としてしまうことがありますよね。心ではダメだと思っていても、目の前に欲しいものがあるとつい手が出てしまう。その気持ち、よく分かります。
 私は今クレーンゲームから少し離れることができています。最初はこの「行きたい」という衝動を抑えたいなと思うだけで、何の努力もしていませんでした。でも、思いだけではどうにもなりませんね。そこで、私がしたことは、神様に祈るということでした。神様に手を合わせ、「クレーンゲームをやめさせてください」、そうお願いすることを毎日しました。祈ってどうなるの? と思うかもしれませんが、いろんな事が起きてきました。というか、同じ状況が訪れても、自分の捉え方が以前と変わっていったんです。
 ある日、ゲームセンターの前を通った時、行こうか迷って財布を見ました。もう行く気満々ですね。しかし、財布に小銭がありません。以前までならすぐに両替していたところですが、その時は、「ひょっとして神様が止めてくれているのかもしれない」、そう思えたんです。またある時はワクワクしながら行ったゲームセンターが臨時休業。がっかりしました。でも、これも神様が私の願いが叶うように動いてくれたのかと思えました。
 それまでは、やるのか、やらないのか決定するのは自分の意思だけでした。選択を迷っている中に「神様」が登場し、良い方向に導いてくれているように感じました。それからも、誘惑に負けてしまう時もありましたが、祈るということを続けると、むやみに行くことが減って、今はちょうどいい距離感で楽しく遊ばせてもらっています。
 どうぞ、だまされたと思って、一日の内、30秒でも10秒でもいいです。神様に手を合わせてみてください。きっと「ポチッ」とするその指を止めてくれますよ。

 続いては、兵庫県にお住まいの50代、恵子けいこさんからのお悩みです。

 「私は姑の介護をほぼ一人でしています。近くには夫の妹も住んでいるのに、全然手伝おうとしません。私も、仕事や家事があり、子どももいるのに、なぜ私ばっかり…と思ってしまいます。悔しくて仕方ありません」

 このようなお悩みです。

 恵子さん、本当にお疲れ様です。介護は肉体的にも精神的にも大変力がいるものです。しかも、ご主人の妹さんが協力してくれない。腹立たしく思うのも無理はありません。本当に悔しいですよね。でも、家族や姑さんのことを考えると介護をやめることができない。優しい恵子さんだからこそのつらさですね。
 これは私の場合ですが、つらいことがあったり、理不尽に感じ、「やってられない!」と思った時、人を気にするのはやめて、「神様が自分に与えてくれたもの」と思い直すようにしています。人を気にしていると、その人の態度によっては腹が立ちますし、評価も気になりますしね。けれど、思い直してからは、たとえその時はしんどくても、後になって、その経験が自分のためになっていることに気づきます。結果として、自分も周りも助かるという不思議な世界が生まれるんです。
 そこで一つ提案なんですが、恵子さんも、この介護は主人や妹に押しつけられたものではなく、神様から自分に与えられた役目なんだと考えてはどうでしょうか。世の中は自分にできないことを誰かがしてくれているおかげで成り立っています。その「誰か」になるということです。神様が、心優しい恵子さんだからこそ、「どうか頼む」とお姑さんの介護を頼まれているのだと思います。恵子さんは世の中でたった一人の選ばれし人。私はそう思います。
 要するに、「この介護は神様が与えた私にしかできない役目なんだ。このしんどさを誰も見ていなくても、神様は必ず見てくれている。後で絶対良いことがある」と自分に言い聞かせてみてください。人のためにこんなに尽くしている人を、神様は絶対に見捨てたりはしません。
 そうはいっても簡単には思えませんよね。金光教の教会は、人の悩みや苦しみを吐き出す場という役目があります。しんどかったらため込まず、「しんどいです!」と愚痴を吐き出しに尋ねてみてください。気持ちが軽くなると思いますよ。ひとりで無理しないでくださいね。

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