●もう一度聞きたいあの話
「来年の夏には」

福岡県・金光教行橋教会
井手美知雄 先生
「さあ、おばあちゃん。教会に着いたわよ」。香織さんは、ひざを痛めているおばあさんを車に乗せて、出勤途中に金光教の教会まで連れてきました。「ありがとう」と、おばあさんはとてもうれしそうです。
香織さんは、二十歳過ぎの娘さんです。おばあさんとお父さんと三人暮らしです。おばあさんは、「こんなに優しい孫に育ってくれまして」と目を細めます。
香織さんは、生まれつき体が弱く、生後6カ月にして、大学附属病院に長期間入院するような状態でした。それに、母親がいないだけに、お父さんも愛情を一心に注ぎますし、おばあさんもこまごまと身の回りの面倒を見てきました。
おばあさんは、ふびんが募ってなりません。「この子が、何とか無事に育つことができますように」と、日頃から参拝している教会を訪れては、神様に祈る日々を送っていました。教会の先生は、その都度、一緒に祈りながら、「香織ちゃんは、あなた方家族に授けられた大切な子どもですから、神様の見守りを頂きながら、大事に育てて、先々を楽しみにしましょう」と励ますのでした。
彼女は、気管支の働きも不調で、のどの下を切開して穴を開け、カニューレという管を差す手術をしていました。成長して、体力がついた折に、その穴をふさぐ手術をすることになっていました。
小さい頃から、毎日お父さんがその管を洗浄交換し、首に包帯を巻いて、管がずれないように固定します。大変、慎重な手当です。中でも、お風呂には苦労しました。管からお湯が入ると、大変なことになります。ですから、彼女は肩から上は、お風呂につかったことがありませんでした。
小学校の修学旅行も参加が危ぶまれましたが、お父さんは学校と相談し、貸切バスの後を車で付いて回り、香織さんの面倒を見る約束で、特別に了解を得ました。
献身的な世話を受けて、香織さんは中学、高校と進学していきました。しかし、彼女が多感な年頃になるにつれ、一年中首に包帯を巻いての生活が、心に重くなっていきました。特に、夏の体育の授業は水泳です。彼女は、教室で自習するしかありません。友達がプールに入って水しぶきを上げる様子を眺めていると、深い悲しみに沈んでいきました。
いつしか彼女は、「どうして私はこんな目に遭わなければならないのだろう」「どうしてこんな体なんだろう」と思っては、はけ口のない思いを、どんどん心にためて、閉じ込もっていきました。元気を失い、無口になっていく彼女の様子に、おばあさんの心も痛んでなりません。香織さんの苦しい胸の内を酌めば酌むほど、どうしてやることもできない自分にいたたまれなくなるのです。
思いあまって、おばあさんは教会の先生に、切ない思いを聞いてもらうことにしました。先生はじっと話を聞き、心中、神様に祈りながら、こう話しました。
「香織さんは、今どんなにつらいことでしょう。友達と比べれば、自分がみじめに思えて当然かもしれません。でも、人は、それぞれの境遇の中で生まれ、生きていきます。その命がくしゃくしゃになるような思いの時もあります。そういう時は、自分が世界一の不幸せ者だとつい感じます。でも、そういう人ほどかわいそうにと思って、一緒に悲しんでくださるのが、この金光教の天地金乃神様なんです。神様は香織さんにずっと今日まで、寄り添ってくださっているのです。彼女が苦しいように、あなたが苦しいように、神様も苦しい思いでおられるのです」
先生は、話を続けました。
「香織さんが寂しいと、神様も寂しいのです。彼女が何事にもくじけない元気で広やかな心になることが、神様のお喜びですし、期待しておられるのです。それには何よりあなたが明るく香織さんに接していかなければと思うのです。笑顔を絶やさないようにしていただけないでしょうか。笑顔が希望を導くのですよ」
先生の語る言葉をかみしめながら、おばあさんは、「この神様にすがり、神様と一緒に香織を温かく見守っていこう」と改めて思いました。そして毎朝、今まで以上に明るい声をかけて、学校に送り出します。その声に包まれて、だんだん香織さんも、「おばあさんもお父さんも、今日も元気でね」とはにかんで、手を振るようになっていきました。
やがて無事に高校を卒業し、秋を迎えました。定期検診の結果、縫い合わせ手術の日取りが決まりました。レーザー光線を使っての手術です。待ちに待った日です。でも、不安や心配がよぎります。手術に臨む彼女に、おばあさんは勇気付けました。「いつも神様と一緒に来たんだよ、香織ちゃんは。手術も神様と一緒だよ」。彼女は、小さくうなずきました。
手術が終わりました。麻酔から覚めたベッドの香織さんに、おばあさんとお父さんが駆け寄り、喜びを交わしました。一時の後、香織さんが、こう口を開いたのです。「私、来年こそ海水浴に行けるかなあ」。お父さんは、「連れて行くよ。何度でも連れて行くよ」と、今までの彼女の身を思って、たまらずそう答えました。
ところが、彼女はこう続けるのです。「弘美ちゃんも行けるかなあ。誘って行きたいなあ」。おばあさんは、びっくりしました。弘美ちゃんとは、高校のクラスメートなんです。香織さん同様、体が弱く、日差しの強い中での水泳授業が無理だった同級生なのです。
おばあさんは、目頭が熱くなりました。「この子は、人のことを思いやる子に育っていたんだ」、そう思った時、神様の香織さんへの深い期待をありありと感じ取りました。自分をも人をも明るく励ましていく。そんな生き方がいよいよ香織さんに開かれるよう、おばあさんは、心新たに祈るのでした。
「いつも神様とご一緒」。家族は、今一層、そう強く思う毎日を送っています。もちろん、その翌年の海水浴は、神様とご一緒の思いの海水浴でした。