ラジオドラマ「坂下の小さな店で」第7回「ヤッちゃんの修行」


●ラジオドラマ「坂下の小さな店で」
第7回「ヤッちゃんの修行」

金光教放送センター

しげの(M)
 私はなだらかな丘の下にある何でも屋を長い間やっています。しげのといいます。70歳です。

しげの(M)
 10月となりました。食欲の秋です。

しげの:いたっ。おなかが。あいたた…
修 造:食い過ぎたのかな?
しげの:もったいないから残すなよって。
修 造:年を取ったなら胃袋と相談することだな。あれ…俺も…いた、あいたた…。

しげの(M)
 夫の修造です。2つ年上の72歳で元は小学校の校長先生です。

SE (ケータイ メール着信)

しげの:メールだわ。美弥子から。何ですって?「看病には行かれません」ですって。
修 造:娘が俺と同じ教師の道へ進んでくれたのはうれしいが、教師はなかなか休みが取れんもんなんだ。
しげの:「おばあちゃんの代から1日も休まずに…なんて今時古いわよ。お店、もうやめたら?」ですって。メールで。
修 造:この店も、そろそろ閉め時なのかもな。

しげの(M)
 翌朝となりました。2人ともおなかすっかり治って…。

しげの:あ、いらっしゃいませ。昨日はごめんなさい。トイレットペーパー? あら、切らしちゃってたわ。今日、問屋さんが持ってくるから…。

しげの(M)
 やれやれ。昨日一日ゆっくり休んじゃったから腰が痛むわ。はー。

しげの(M)
 うちの店の前をトラックが突っ走って。そして…。

SE (トラック 急停車)

しげの:わーっ。ど、どうしたのかしら…。(表へ出る)ヤッちゃんじゃないの! だ、大丈夫?
安 夫:(泣き出しそうになりながら)お、おばさーん!

しげの(M)
 うちの店にいつもトイレットペーパーなどの雑貨を卸してくれている問屋さんのヤッちゃんでした。

しげの:ヤッちゃん、この先には川があるのよ。危うくドボーンじゃないの。
安 夫:す、すみませんでした。居眠りしちゃって。
しげの:ええーっ。さ、早く、早く車から降りて。
安 夫:は、はあ。どっこらしょっと。あわわわわ…。(大あくび)
修 造:運ぶの俺も手伝ってやるからさ。さ、早く、早く店の中へ。
一 同:よっこらしょ! よっこらしょ!
安 夫:ふー。ほんとにすみませんでした。車の運転、朝の5時からして、商品運んで、次の注文また取って。飯食うう暇もなくって。さっきそば屋で腹一杯になったら、ついウトウトって…。
修 造:毎日大変だなぁ…。しげの、コーヒー1杯、ヤッちゃんに。
しげの:あ、はいはい。

しげの(M)
 夫が奥の部屋にヤッちゃんを寝かせてあげました。コーヒーを少しだけ飲んで昼寝をすると、目覚めた後、元気になるんですって。

しげの:ヤッちゃんの会社ね、いろいろ大変なんですって。交通事故でも起こしたらって気が気じゃないわ。お休み、少しでも取れないのかしら…。
修 造:…お前だって…。
しげの:…え?
修 造:おふくろがいた時分にゃ2人でやっていたから。でもおふくろが亡くなってからは…。
しげの:あなたがいるじゃないの。長い間のお勤めから解放されたあなたが。お店番、当てにしているのよ。
修 造:(苦笑する)旅行に連れて行ってやることもできなかったし…。これからは時々は休みも取って…。
しげの:でも近所の人たちに悪いわ。困るでしょうから、昨日みたいに。

ミツ(声):…休息は、修行。

しげの:ミツさんの声だ!

しげの(M)
 5年前に亡くなった夫の母親のミツさんの声が、私の胸に響いてきました。

ミツ(声):しげのさん。もしも働きすぎて死んでしまったら、元も子もなくなってしまうでしょう? 分かっているのに人はなかなか休もうとはしない。
     神様から賜った大切な命、体…。大切に使わせていただかなければ…。人様のお役に立つためにねっ。だから「休息は修行」なのよ。

しげの:(つぶやく)…ミツさん。私は、滝に打たれたり、断食することはできないけれども、心して休む、それならばできる…かもしれません。「修行」なんですものねえ…。

しげの(M)
 ヤッちゃんが起きてきました。

しげの:ヤッちゃん。どう? 少しは疲れが取れた?
安 夫:はいっ。おかげさまで…。
修 造:修行は大切だぞ。
安 夫:えっ。もっともっと働けってことですか?
しげの:(笑って)違うわよ。時にはしっかり体と心を休ませてあげる。それは大切な修行なのよ。時々はお休みを取りながら、私もこの店続けてゆこう!

ミツ(声):そうそう。時には、自分の心と身体の声に、静かに耳を傾けて…。ねっ!


            音楽 (END)

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