ラジオドラマ「坂下の小さな店で」第3回「釣れますか?」


●ラジオドラマ「坂下の小さな店で」
第3回「釣れますか?」

金光教放送センター

しげの(M)
 私はなだらかな丘を下った所にある「坂下の店」、何でも屋を嫁いできてからずっとやっています。しげのといいます。70歳です。

しげの(M)
 5月も終わりとなりました。

修 造:しげのー。カレンダー、5月のにめくっといたぞ。
しげの:ありがとう!
修 造:忘れるといかんからな。

しげの(M)
 夫の修造です。元小学校の校長先生で72歳となります。

 透 :ごめんくださーい。
しげの:お客さんだ。いらっしゃーい。
 透 :コーラ。デカいの。
しげの:普通サイズのしか…。
 透 :じゃそれで。いくら?
しげの:140円です。
 透 :200円で。
しげの:お釣りね。(SE レジ音)はい、60円。毎度ありがとうございます。
 透 :俺、ここ、今日初めてなんだけど。
しげの:坂の上の工事の方なんでしょう?
 透 :よく知ってますね。
しげの:この辺りの人はみんな顔見知りなの。工事は始まったばかりだから、しばらくは坂の上にいるんでしょ。ここが一番近いお店だから今日からあなたも「お馴染みさん」よ。よろしくね!
 透 :ずっといるかどうだか…。
しげの:えっ?
 透 :腹が時々痛くなって…。(SE コーラ ゴクゴクと飲む)い、いたっ…あいたたた。
しげの:だ、大丈夫?
 透 :ガミガミ言われると俺、いつも痛くなるんですよ、腹…。
しげの:誰にガミガミ言われるの?
 透 :誰にって…(突然)い、いたっ。あいたっ。あいたたた…!(うずくまる)
しげの:た、大変! あ、あなたー! あなたー!

しげの(M)
 坂の上の工事現場で働いている青年を夫が介抱して、奥の部屋へ寝かせてあげました。そこへ…。

太 郎:コンチワー。
しげの:太郎さん。いらっしゃーい。
太 郎:いる?
しげの:はい。あなたー、太郎さんですよー。
修 造:やあ。太郎さん。釣りですか? もうお昼だよ。
太 郎:朝から出掛けて、昼飯食って、これからまた行くんだよ。釣り糸ちょうだい。
修 造:一番安い、いつものあれ?
太 郎:いや、一番高いのを。
修 造:ええーっ。
太 郎:釣れんのよ、朝から。ゴールデンウィークで大勢の釣り人がやってきて、荒らされちまったんだなあ。困って釣り場をあちこち変えてはみたんだけれども…。

ミツ(声):釣り場は、変えるな!

しげの(M)
 5年前に亡くなった夫の母親のミツさんの声が私の胸に響いてきました。

しげの:あ、そういえばミツさんが…。
修 造:言ってたなあ。釣りの下手な人は、「ここでは釣れん」と言って釣り場所を転々と変える。だが、釣りの達人は、魚が掛からないと知るや自分の釣りざおを上げて「エサはこれで良かったのか?」「重りは?」「糸の長さは?」「ウキは?」って自分の仕掛けを洗いざらい調べて、悪いところに気が付いたならば、すぐに改めるんだって。
しげの:うまく釣れないからってそれを人のせいにしちゃいけないわ、太郎さん。
修 造:釣り場所は変えずに、自分の釣りの腕をもっともっと磨くんだな。じゃ、行っといでー。
太 郎:はい、行ってきまーす!
 透 :あの…。
しげの:あら! どう? おなかの調子は?
 透 :な、治りました。奥でいい話を聞かせてもらったから。
夫 婦:いい話?
 透 :…俺、高校を途中から行けなくなって、バイトで店員とか…。工事現場で働いたことも多いんだけど、いつも上の人から注意ってのかな、怒られてばかりで。そのたんびに俺、ムカッとして仕事辞めちゃまた次の仕事。そんなふうに、ええーっと…魚を釣る場所を変えまくってきたんだけど、今の話を聞いて…俺にも、悪いところがあったんじゃないかなって。
修 造:…そうか…。
しげの:良かったわねぇ。あったかいお茶でも? 今、淹れるから…。
 透 :いえ。早く現場に戻らなけりゃ。僕、中元透といいます。「おなじみさん」になれたから、また、ちょくちょく来ます。
しげの:待っているわね、透さん。お仕事、あんまり無理をせずに…。
 透 :はい!(去る)

しげの(M)
 しばらくすると太郎さんがハァハァ言いながら駆け戻ってきました。大きいのが釣れたんですって!

修 造:ええ? 場所は変えないで?
しげの:良かったわねえ!

ミツ(声):しげのさん。人間だから、時には不平不満の心が頭をもたげて、今自分がいる場所を変えてみたくもなるものなのですよ。でもね、そんな時にこそ自分自身を振り返るいいチャンスだと思えばいいんですよ。

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