●ラジオドラマ「坂下の小さな店で」
第2回「青空みたいに」

金光教放送センター
登場人物
・瀬戸内しげの (70歳) 坂下の店の主人
・瀬戸内修造 (72歳) しげのの夫 元小学校の校長
・石田明美 (29歳) 無職
・客 1
・客 2
・ミツ(声) (故人) 修造の母
しげの(M)
私は丘のふもとの「坂下の店」と呼ばれている何でも屋を長い間やっています。しげのといいます。70歳です。
しげの(M)
5月となりました。
しげの:あなたー。行ってきまーす!
修 造:ど、どこへ?
しげの(M)
夫の修造です。元は小学校の校長で2つ年上です。
しげの:回覧板が回ってきたのよ。去年の夏に台風が来た時にみんなで公民館に避難をしたでしょ?
修 造:あ、ああ。
しげの:その時に足りなかった物を買い足すことになって、その説明会が開かれるのよ。お店番、よろしくねーっ。
修 造:分かった。行っといで。今日は五月晴れだ!
客 1:ごめんくださーい。
修 造:あ、いらっしゃいませ。
客 1:虫よけスプレーって置いてますか?
修 造:えーっと、どこにあるんだったっけ…。
客 1:奥さん、今日はお出掛け?
修 造:え、ええ…。
客 1:しげのさんならすぐに出してくれるのに。じゃ、また…。
修 造:す、すみません…。
明 美:おじさん。お久しぶりですねー。
修 造:いらっしゃい。えーっと…。
明 美:石田です。ほら、次の角を右に曲がった所の。
修 造:あ、明美ちゃん…か?
明 美:はい。昔、よくお菓子を買いに来た…。
修 造:思い出しましたよ。高校を出た後すぐに働きに出たって、お母さんから伺ってますよ。今日はお休み?
明 美:(あいまいに)え、ええ…。
修 造:何を?
明 美:ご飯茶わんって置いてますか?
修 造:はい。下の押入れの、確か奥のほうに…。すぐに取ってきてあげますから。うーん…あっ。い、痛!
明 美:ど、どうしたのですか?
修 造:肩の筋を違えちゃったらしい…。い、いたた…。
明 美:大丈夫ですか?
修 造:何か貼っときゃすぐに良くなりますよ。
客 2:こんにちはー。
修 造:いらっしゃいませ。…何を。…あっ、いたっ。あいたたた…。
明 美:おじさんは奥で休んでて。はい、何を差し上げましょうか。
客 2:おしょうゆを頂きたいんですけど。
明 美:濃い口のと薄口のとがありますけど。
客 2:濃いのを。それと…。
明 美:何でしょうか…。
客 2:お砂糖も。
明 美:はい、どうぞ。
客 2:お会計は?
明 美:(計算)580円です。(SE レジ音)毎度ありがとうございます!
しげの(M)
2時間ばかりが経ち、私が店へ戻ってみると…。
しげの:ど、どうしたの? あなた!
修 造:いや、それがな…。
しげの(M)
夫は明美さんに助けてもらったことを私に話してくれました。
しげの:明美さん、あなたがもしもいてくれなかったらどうなっていたか。助かりました。本当に、本当にどうもありがとう!
明 美:そんなに心を込めてありがとうって言われたの、生まれて初めて…かも。
しげの:…生まれて初めて…?
明 美:高校を出てすぐに働き始めて10年になります。毎日会社へ行って朝から晩まで働いてお給料をもらって…。会社が先月倒産したのをきっかけに実家に戻って、今は就職活動中なんです。
しげの:それは大変だこと…。
明 美:いったん立ち止まってみると、人は何のために働くのかが、よく分からなくなっちゃって…。
しげの:何のために…? そう言われてみると…。
ミツ(声):しげのさん。人が働くのは人様のお役に立つためなのですよ。ハタがラクになるようにって…。
しげの:ミツさんの声だ!
しげの(M)
5年前に亡くなった夫の母親のミツさんの声が私の胸に響いてきました。
しげの:…ハタがラクに…? 明美さん!
明 美:え?
しげの:あなたはうちの夫が痛い痛いって言ってるのを見て、すぐに助けてくれたでしょう。
明 美:え、ええ。放っておけなくって。
修 造:うれしかったなあ…。
しげの:それ。それなのよ! ハタ・ラクって。
SE (カラス)
しげの:今日はね、公民館でお水に缶詰めに、液体ミルクの手配までしてきたのよ。
修 造:ハタ・ラクの鑑だね。
しげの:楽しかったわ。
明 美:こんばんはー。
しげの:…明美さん!
明 美:先ほどはどうも…。
しげの:いえ、こちらこそ。今頃なぁに?
明 美:お礼が言いたくって…。
しげの:お礼?
明 美:はい。実家でしばらくのんびり過ごすつもりで、さっきはお茶わんを買いに来たんですけれども…。
修 造:あ、そういえば…。
明 美:いいんです、もう。自分のアパートへすぐに戻って、また就活を始めますから。おじさん、肩大丈夫ですか?
修 造:ハハハ。もうすっかり治りましたよ。
しげの:あら! 明美ちゃんの目、何だかとってもキラキラしている!
明 美:ええー。うれしい!
ミツ(声):しげのさん。人はね、助け合いっこをしていると生き生きとしてくるものなのですよ。瞳もキラキラって。ほら。今日の、あの5月の青空みたいに!
