ラジオドラマ「ことの葉じんわり」第6回「笑って許しておくれ」


●ラジオドラマ「ことの葉じんわり」
第6回「笑って許しておくれ」

金光教放送センター

(鳥の声)

隣 人:林さーん! うちの木の枝にまたお宅の洗濯物が引っ掛かってるよーッ。
由起江:(ハッとなる)まただ、お隣りの頑固おやじ、何でも文句をつけるんだから。(戸開ける)ごめんなさい。今、片付けます。

(ナレーション)
      由起江さんは、数年前に夫の太郎さんを病で亡くし、今では85歳になる母親の春代さんと庭付きの一軒家に住んでいます。家の近くに、春代さんの子ども時代からの「ヨネちゃん」という親友が住んでおり、春代さんは毎日のようにヨネさんの所に行っておしゃべりをしてくるのでした。

春 代:ただいまーッ。
由起江:アラ、もう帰ってきちゃった。
春 代:ヨッコラショ。ただいま。
由起江:もっと、ゆっくりしてくれば良かったのに…。
春 代:ヨネちゃんとは毎日会ってんだから、話すことなんてありゃしない。
由起江:ねえ、お隣りの内藤さん、今日もまた怒鳴ってきた。秋になって柿が熟れて落ちたら、また怒鳴り込んでくるわよ。
春 代:そりゃ、お前の婿の太郎さんがいけなかったね。植える時にきちんと断っておかなかったから。
由起江:無理よ。うちの人が縁側で柿を食べて、口から吹き出した種が自然に芽を出して、気が付いたら枝がお隣りに張り出すほど大きくなってたんだから。
春 代:「お断り」をしておくことは大切だよ。先々のことを考えて周りの人に「お断り」さえしておけば波風が立たないんだよ。
由起江:(聞いていない)ヤダヤダ。今年は柿がならなきゃいいのに。

(ナレーション)
      今年は残暑が殊の外厳しくて、蒸し暑い日が続いていました。ようやく秋風が立ち始めた頃、思いも寄らぬ電話が入ったのでした。

由起江:えッ、何ですって? 亡くなった? ヨネさんが? ま、まさか…。

春 代:う、うそ。うそに決まってる。間違いだよ。昨日もヨネちゃん元気におしゃべりしてたのに。
由起江:心臓の発作なんですって。お風呂に入っている時に倒れて…。
春 代:ヨネちゃん! ウッ、ウッ、…ウウウッ…。(泣き崩れる)
由起江:…お母さん…。

(葬祭の祝詞のりとの声)

一 夫:ご参列頂きましてありがとうございました。母も喜んでいることと思います。
春 代:あんまりあっ気なくあの世へ逝ってしまわれたもんだから、私は、もうどうしたらいいか…。
一 夫:母は80を過ぎたころから、事あるごとに言っておりました。
    私は夫を病で亡くし、85歳になる母と二人で暮らしています。母は、近所に住む親友のヨネさんと毎日のように会っていました。そのヨネさんが突然亡くなりました。母と一緒に御葬儀に参列したとき、ヨネさんが生前に遺した、ある言葉を聞いたのです。「一夫、これからもっと私は年を取って頭や体が思うようにいうことをきかなくなった時、ついイライラしてどんなにひどいことを言ってしまうか分からない…だから、今のうちに断っておくよ。その時はごめんなさいよ…そうなってしまったら笑って許しておくれ」と…。

由起江:…笑って、許しておくれ…と?
一 夫:母は最期まで元気に過ごしておりましたから…もう手を引いてやることも食事を口に運んでやることも…何一つ、してやれないと思うと…。(こらえきれずに嗚咽)
由起江:…(胸がいっぱいになって)一夫さん…。
一 夫:(改まって)春代さん、母と最後まで仲良くして下さり、本当にどうもありがとうございました!

(夕暮れの往来)

春 代:(しみじみと)…心のこもった、いいお葬儀だったねえ…。
由起江:…本当に…柿! 見て! 柿がみんなお隣の庭に落っこっちゃってる…変ねえ…、頑固おやじ、怒鳴りこんでこなかった…。
春 代:入院したんだって。
由起江:えっ! 入院…。
春 代:ゴミ出しに行ったら奥さんが話してた。長い間うちで看病してたけど…もう覚悟を決めたって。
由起江:頑固おやじ、だなんて言って悪いことをしたわ。
春 代:気にすることはない。
由起江:いいえ! 私はお母さんに対しても…。
春 代:母さんにも?
由起江:育ててもらった恩も忘れて、時にはヒドいことを言ったりもする…そんな自分が、つくづく嫌になっちゃった…。
春 代:(笑って)だから、「お断り」を、するんじゃないか!
由起江:してるわ! こうやって…。
春 代:ちがう。「お断り」をするのは、神様になんだよ。
由起江:…神様に、「お断り」を?

春 代:他人をけなしたり不平不満を言ったり…そんな欠点だらけの自分だけれど…。
由起江:(大きくうなずく)そんなダメなあたしだけれど…。
春 代:直してゆきますから。
由起江:それを神様に「許して下さい!」と。
春 代:「お断り」をして生きてゆけばいいんだよ。神様は「可愛いやつだ」って…。
由起江:笑って許して下さる!(泣き笑って)お母さん、長生きしてね!

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