●ラジオドラマ「いろは団地B棟」
第3回「ひとりぼっちの入院」

金光教放送センター
登場人物
・吉村 あかね (小学校5年生)11歳
・吉村 元男 (あかねの父)40代
・吉村 初江 (あかねの母)30代
・吉村 健一 (あかねの弟)8歳
・大藪 晴美 (大学生)20歳
・看護士
・キン (黒猫)年齢不詳
あかね:(不安そうに)…なんだろう。コレ…変だなあ。
初 江:ゴハンよ、あかねちゃーん。さ、早くいらっしゃーい。
あかね:お母さん。ちょっと来て。
初 江:なあに? カレーが、冷めちゃうじゃないの。
あかね:ひざのところに、変な出っ張りが、ほら。
初 江:(触る)ほんとうだ。お父さーん。あかねのひざ小僧の所にグリグリが。
元 男:(やってきて)どれどれ…何だ、これは!?
(ナレーション:キン)
ゴロニャーン。おいらは、いろは団地に住みつく野良猫のキン。いろは団地B棟の吉村さんのお父さんとお母さんは、あかねちゃんを連れてあちらこちらの病院を回って、医者に診てもらったところ、おいらには詳しい病名は分からんが、とにかく一刻も早く手術をして、出っ張ったグリグリを取ってしまわなければならんこととなった。うーん、…こりゃ大事だニャン…。
アナウンス・看護士:小児科の中野先生、小児科の中野先生、至急ナースステーションまでいらして下さい。
あかね:(大泣き)怖いよう、手術するのは怖いよう…。
初 江:大丈夫、大丈夫だからそんなに泣かないの!
元 男:(強いて元気よく)こんな手術は朝飯前だっていう、大ベテランのお医者様なんだからね、手術は必ずうまくいく。
健 一:お姉ちゃんの手術の間、僕はずーっと廊下にいるからね。
初 江:あかね。あかねちゃーん!
元 男:あかね、大丈夫かー? 手術は成功したぞー!
健 一:良かったね、お姉ちゃん。
あかね:お父さん、お母さん…(うれし泣き)。
(ナレーション:キン)
手術から1週間が経ち、経過も順調なので、そろそろ退院と決まったある日のこと。あかねちゃんのお隣のベッドに、大学生のお姉さん・大藪晴美さんが入ってきた。
晴 美:私は大藪晴美。どうぞよろしく。
あかね:吉村あかね。11歳です。
晴 美:私、明日、手術をするの。
あかね:あたしは1週間前にしました。
晴 美:そう。ね、どうだった? 手術、怖くはなかった?
あかね:痛くもかゆくも。なぁんてうそ。心配で心配で、夜も眠れなかったけれども、家族がみんなそろってお見舞いに来てくれたから。
晴 美:…ご家族が、そろって?
あかね:お姉さんにもいるでしょう。
晴 美:…(ポツリと)…いないの。あたしには、お父さんも、お母さんも。
あかね:…え?
晴 美:いないのよ。お父さんは、幼稚園の時に交通事故に遭って。お母さんも、中学生の時に病気にかかって死んじゃって…。
あかね:…。(声も出ない)
晴 美:おばあちゃんに育ててもらったんだけれども、大学に入ってからは東京で一人住ま い…。今度の病気のこと、知らせればすぐにでも飛んできてくれるんだろうけれども、心配をかけちゃ悪いと思って…。
あかね:…お姉さん…。
晴 美:だからお見舞いに来てくれる人は一人もいないの。
あかね:ご、ごめんなさーい。
晴 美:いいのよ。心配してくれてありがとう。(クスっと笑う)さっきまでは知らなかった者同士が、今ではこうしておしゃべりをして仲良しになってる。寂しくなんかないよ。だから元気出してよ、あかねちゃん! 笑って。笑って!
(ナレーション:キン)
晴美お姉さんが手術をする時がやってきた。
あかね:お姉さん、これ…。
晴 美:…え、それ、なぁに?
あかね:(ズバリと)ご神米。
晴 美:(よく分からない)…ゴ、ゴシンマイ?
あかね:「神様のお米」って書くの。うちのお母さんがお参りをしている 「金光教」の教会で、いつも頂いて来る、神様のお心がこもったお米。お守りみたいな物なんだって。
晴 美:…神様、神様のお心がこもった?
あかね:私の手術のときもお母さんが届けてくれた。「持っていれば、手術は必ずうまくいく。」って。だから、お姉さんにも…。
晴 美:…あ、ありがとう。どうもありがとう!
(ナレーション:キン)
それからしばらく経って、無事に退院したあかねちゃんは、今では毎日元気よく学校に通っている。そのあかねちゃんの元へ晴美さんから手紙が届いた。
晴 美:(手紙の声)その後お元気ですか? 私は、ようやく元気を取り戻して大学に通う毎日です。あのお守りのことで、あかねちゃんにお礼を言わなければとペンを取りました。
あかね:晴美お姉さんからご神米のお礼だって。お母さん。
初 江:良かったわね。…で、何ですって?
晴 美:(手紙)私、強がりを言っていましたけれども、本当はとても不安でした。でも、小学生のあかねちゃんでさえ手術に耐えたじゃないのと自分で自分を励まし、あかねちゃんからもらったあの「ご神米」を握りしめました。この世に神様がいるというのなら、それはあかねちゃん、あなたの「優しい心」です。
あかね:え、えー。あたしが、神様なんだって。何だかくすぐったいな、ねえキンちゃん。
(ナレーション:キン)
ゴロニャーン。フーン。人間はいいなあ。こうやって「優しい心」を、すぐに表すことが出来るんだもの。おいらも今度困った人を見掛けたらペロペロなめてやるとするかぁ…。
