ラジオドラマ「いろは団地B棟」第1回「なっちゃんはどこへ」


●ラジオドラマ「いろは団地B棟」
第1回「なっちゃんはどこへ」

金光教放送センター

(せみの鳴き声 夏の訪れを表して)

キ ン:腹が減ったぁ…。…ニャーゴ…。
カレー屋:(スピーカーから 売り声)出来たて熱々のカレー。インドカレーはいかが…おいしいカレーはいかが…。
キ ン:(足とめて)カレー屋か。時々やってくる移動販売車だ。うまそうだけれども、おいら、熱いのは苦手だ。よく言うだろう「猫舌」って。…おまえは何者かって?…。 猫だよ、生まれた時からこのいろは団地にずーっと住みついている野良猫。名前は…
 保 :キーン、キーン! あ、いた。会えて良かった。やろうと思って干物の残りを持ってきたんだ。ホラ!(紙袋から魚のアラをとり出し、キンに与える) うまいぞ。
キ ン:(食べて)そう。おいらの名前はキンて言うんだ。団地の〈近〉所をいつもウロウロしているからなんだって。
さ わ:(突然、横から割り込んで)ちょいと、保くん。
 保 :な、何だ、隣りのさわばあさんか。
さ わ:「猫にエサはやるな!」って、何度言ったら分かるんだい。ゴミ袋をあさっちゃぁ散らかす。夜中に奇妙な声を立てて人を起こす。真っ黒けでうす汚いいまいましい野良猫め!シッシッシー!(と言いながらカレー屋の車の方へ離れる)。

さ わ:カレー屋さん、中辛を2人分…。
カレー屋:ハイ。少々お待ち下さい。(食器の音)
 保 :あの…2人分って…もしかして俺の?
さ わ:なっちゃんのだよ、孫の。今日から夏休み。ママから、「仕事で遅くなるから2人で晩ご飯を食べてね」ってそう言われているんだよ。
 保 :なっちゃんかあ、かわいくなったねえ、2年生になったんだっけ、大きくなったら俺のお嫁さんにしてやってもいいな。
さ わ:何言ってんだい。誰がおまえなんかに。

なつみ:おばあちゃん、おばあちゃーん。…もっと遊ぼう。
さ わ:なつみちゃん、ちょっと休憩、ハァ、おばあちゃん疲れたよ。
なつみ:つまんないの。じゃあ表で遊んで来よー。
さ わ:あ、なっちゃん、夕飯はカレーだからね。あんまり遠くへは行っちゃ駄目だよー。(ドア バタンとしまる)

(カラスの鳴き声)

さ わ:…。(寝息)
春 子:さわさーん。回覧板ですよー、いないんですかあ。置いていきますよー。
さ わ:(目覚める)…ヤダ、眠っちゃってたんだ。…そうだ! カレー、カレーをチンして…。…なっちゃんはどこ? なっちゃーん。
なつみ:…。(返答はなし)
さ わ:なっちゃん…

(往来の車の音)

(ナレーション)
 (キンの声でニャーゴなどと言いつつ)…おや、さわばあさんが真っ青になって家を飛び出して行ったぞ。ついて行ってみよう…。

(遠くで往来の車の音)
(カラスの鳴き声)

さ わ:(息荒く)…なっちゃんが、毎日のように遊んでいる公園だ。(辺りを見回す)もう誰もいやしない…(カラスが鳴く)カラスだっておうちへ帰って行くんだもの…(不安になり泣き出す)。…な、なっちゃーん!
 保 :アレー。さわばあさん、どうかしたの?
さ わ:なっちゃんがね、こんな時間になってもまだ帰って来ないんだよ。
 保 :そりゃ大変だ! ママには連絡したの!?
さ わ:何度もしたけれども電話には出ちゃくれないんだよ。お店が、今、立て込んでんだろ。 なっちゃん、どこにいるのー! なっちゃーん。

(カラスの鳴き声)

 保 :どこ行ったんだよ、なっちゃん。(公園内を見回しながら)いつも見掛けるよな、この公園で。おっ、ジャングルジム! 懐かしいな、久しぶりに登ってみるか。ヨッコラショッ!ドッコイショ、フー(と登って)…結構高いな、アレ、あそこに寝そべっているのは、なっちゃんじゃないか。なっちゃん、なっちゃーん!

さ わ:(泣き声)ありがとう。どうもありがとう。何とお礼を言ったらいいのか…。
 保 :俺だってびっくり仰天しちまったよ。まさか滑り台の中で横になって居眠りしているとは…
さ わ:高い所から見なければ、見付けることが出来なかったんだねえ。でも、どうしてジャングルジムに登ってみようかと思ったの?
 保 :どうしてかな? ただ登りたくなって…。
さ わ:…ひょっとして神様…そうだ! 神様が、保君をジャングルジムに登らせたのかも…!
 保 :エーッ。神様が僕をジャングルジムに登らせた!?
さ わ:保くんの心の中にも神様がいらっしゃるんだねえ。
なつみ:おばあちゃーん。おなか減ったあ!
さ わ:なっちゃん。今カレーをチンするから。あ、2人分だけれども3等分にして。保くん、一緒に食べていってよ。

(ナレーション:キン)   
 保さんの心の中にも神様が…か。じゃ俺らの心の中にも? …カレー、冷めたら少しちょうだいよ。ゴロニャーン…。

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