ラジオドラマ「ことの葉じんわり」第7回「最後の言葉」


●ラジオドラマ「ことの葉じんわり」
第7回「最後の言葉」

金光教放送センター

(パソコン打つ音)

明 子:…平凡過ぎる。何てありふれた日本語訳。…出来ない、ああ出来ない…これじゃ、突き返されるわ。出版社に…。もっと気の利いた言葉は出てこないかなァ…。

(ナレーション:明子)
私は大学の英米文学科を卒業した後、出版社に就職しました。大学のクラブの先輩で新聞社勤務の文彦と結婚し、長女・紀子の出産を機に退職して家庭へ入りました。子育ても一段落したので翻訳の仕事を始め、今では次々に頼まれる仕事をこなすのに精いっぱいの毎日なのです。

(パソコン打つ音)

文 彦:おはよう。あれ、いない。オーイ、明子ー。まだ仕事やってんのかー? もう朝だぞー。
明 子:…。(少しも気付かずパソコン)
文 彦:(ドア開ける)おい、知らんか? この間銀座に行った時に買った革靴…。
明 子:(聞いてはいない。パソコン打ち続ける)
文 彦:銀座の革靴。
明 子:(ようやく我に返って)あ、おはよう、何? 銀座の革靴?…買ったっけ?
文 彦:何言ってんだ。お前が本屋で立ち読みしている間に、ホラ、バーゲンで…。
明 子:(遮って)知らないわよ。げた箱の中、よく探してみた?
文 彦:確かテレビの横にあった大きな紙袋の中に…。
明 子:…あ、それならゴミに出して捨てちゃった。
文 彦:何だと! 中を確かめもせずに捨てたのか。それで、主婦が務まるのか!
明 子:おあいにくさま。今の私は主婦ではなくて翻訳家。忙しいのよ、明日、原稿の締め切りなんだから。いいじゃないの、今まで履いてた靴で。
文 彦:…俺は、それでも構わんがな、紀子の食事、ちゃんと作ってやってくれよ。紀子ももう13歳。思春期の真っ最中なんだからグレでもしたら大変だ。…仕事、もう少し減らせないのか…俺だって随分我慢…。(と言い掛ける)
明 子:(遮る)お願い、我慢して!
文 彦:我慢も、もう限界だー!

(郊外電車の音)
(パソコンキー)
(台所の音)

明 子:…誰? 台所で物音が…ま、まさか泥棒…?

(ドア開ける)

明 子:…あなた、帰ってきてたのね。「ただいま」ぐらい言ってよ。
文 彦:言ったさ。
明 子:聞こえなかったわ。夫婦の間は連絡が一番!
文 彦:俺、さっき新聞社で「言葉」についてのコラムを、書き上げてきたばかりなんだ。
明 子:コラム?
文 彦:だから、だからさ、君に謝る。ゴメン。
明 子:(うろたえて)何か悪いこと、あたしにした?
文 彦:ウッカリ靴を捨ててしまったお前を俺叱り飛ばして…。
明 子:そうだったわね。忘れてた…。
文 彦:(笑って)それじゃ話にならないな。コラムの題は「最後の言葉」。
明 子:最後の?
文 彦:村を突然竜巻が襲って、家族の中で1人だけ生き残ってしまった少女の話。学校へ出掛ける前に両親とケンカをしてしまったんだ。
明 子:…それで?
文 彦:その少女は後悔したんだ。自分の親に最後に話した言葉が、「パパもママも死んじゃえばいいんだッ」ってことに気が付いて…。
明 子:…まぁ…。
文 彦:君の言う連絡も、確かに大切には違いないけれど…。今朝、俺が最後に言った言葉、覚えてる?
明 子:…何だったかなあ…「愛してる」じゃなかったことだけは確か。
文 彦:(乾いた笑い)玄関出た途端に車にひかれてたかもしれないんだ…いつ、君との暮らしが、ピリオドを打ってしまうか…そんなこと誰にも分かりゃしない。
明 子:あなたの言うことはよく分かったわ。言葉は相手に「心」…そう、あったかーい「心」を、伝えるためのもの。
文 彦:(笑う)…(コーヒー煎れる)コーヒー、煎れたんだ…冷めちゃったけど…飲む?
明 子:ウン。
文 彦:(コーヒーカップ置く)つまり、大切なことは感情のままに、今朝の俺みたいにさ…言葉を暴走させないってことなんだ。もう一度謝る、ごめん。
明 子:(うろたえる)いいえ! 謝らなければならないのは私の方なのよ。ごめんなさい。
文 彦:(優しく)翻訳の仕事、これからも頑張れよ。応援してるから。
明 子:(ウッとなって)あ、あなた…!
紀 子:(ドア開く)ああ、お腹空いたー、ママ、夕ご飯、まだ?
文 彦:俺も腹減ったー。
明 子:(笑って)ハイハイ。(冷蔵庫ドア開く)作り置きしといたものでもいい?
明 子:あ、ハンバーグ! おいしそう! 紀子、チンするね!
紀子 文彦:(同時に元気良く)頂きまーす!
文 彦:さ、君も早く食べて、仕事! 俺、後片付けするから。
紀 子:紀子も手伝うよ、パパ!

(ナレーション:明子)
朝が来て、夜が来て…また、次の日の朝が…。慌ただしくも、何気なく過ぎてゆく毎日――。家族や友人、出会えば必ず別れなければならない私たち…。「最後の言葉」――。それがいつになるのか、何になるのか…。いいえ、そんな悲しいことを考えたりするのは止めよう。「今日一日の命」を、神様より賜っている幸福に、私はもっと、もっとたくさん感謝をして、頂いている命を思う存分輝かせてゆこう!

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