●天地は語る
第3回「今も一緒に」

金光教放送センター
ナレ 「若死にをすると、みな嘆いて心を苦しめるが、死ぬということは、もみを臼でひいた時、殻と実とが分かれるようなものである。時が来れば魂と体とが分かれるのである」。これは金光教の教祖の教えの一つです。今日は、この教えについてのお話です。
聞き手 こんにちは。
先生 こんにちは、吉原さん。いつも町内会ではお世話になっています。今日はどうしたんですか?
聞き手 息子が亡くなって、もうすぐ2年になるんですが、思い出すとまだまだつらくて…。一度、金光教の先生に話を聞いてもらいたくて、教会にお参りしました。
先生 長男の雄一君のことですね。残念なことに雄一君はたしか、成人式を迎えて数日後に亡くなられたんでしたね。本当に突然のことで私も驚きました。前の日まであなたと電話で話していたそうですね。
聞き手 ええ、大学の寮から、熱っぽくて少ししんどいと、わざわざ電話してきたんです。近くだったらすぐ行ってあげたんですが…。まあ大丈夫、心配しないでという返事にいったん心を落ち着かせ、次の日に始発で向かいました。が、すでに雄一は冷たくなっていました。悪い夢を見ているとしか思えませんでした。検死を受け、肺炎とインフルエンザの併発が原因だと診断されました。
先生 本当につらく悲しいことでした。
聞き手 もし信心していたら、雄一は死なずに助かっていたんでしょうか。こんなつらい思いをしなくて済んだのでしょうか。
先生 うーん、そうではないんですよ。信心していたらつらい目に遭わないんだとしたら、どうですか?みんな死なないで、ずっと生きていることになりませんか? 信心していても、つらい経験はします。
聞き手 やっぱりそうなんですね。
先生 でもね…信心していたら、難儀に出遭っても、つらい思いを乗り越え、前に進む力が湧きます。神様の思いや願いを教えてもらえますから。
聞き手 神様の思いや願いって、どんなことですか? 神様って人間を幸せにしてくれるんじゃないんですか?
先生 ええ、神様は、私たち人間を救い助けようと思って、ただただひたすらに私たちの幸せを願って下さっています。
聞き手 なのに、私も雄一も幸せじゃないです…。
先生 人間の命の長さはみな違います。でも生きている間、神様の思いや願いを受けていることは、皆同じです。雄一君も神様の思いや願いを受け、精いっぱい生きてきたはずです。幸せと思えることもたくさんあったと思います。
聞き手 雄一の葬儀の時、地元の同級生たちに加え、大学の友達がバスをチャーターしてわざわざ駆け付けてくれました。地元を離れて通っていた大学でも、たくさん友達が出来て楽しく過ごせていたんだなあ、みんなに来てもらってうれしいだろうなあ、雄一は幸せ者だなあと思えて、私もうれしかったです。うれしかったんですけど…あー、思い出すとまた余計つらくなります。
先生 もし雄一君が、ずーっとつらい顔のままのお母さんを見たらどうでしょう。つらい顔のお母さんより笑顔のお母さんの方がうれしいんじゃないですか?
聞き手 んー、まあ、それはそうだと思います…。
先生 神様も同じで、悲しみを乗り越えて、いつも笑顔で生きていってほしいと願って下さっています。雄一君がいなくなってつらいでしょうが、今を大切にする思いになって、少しずつ前進して欲しいです。
聞き手 でも、ポカーンと胸に穴が開いてしまっているみたいで、心は弱ったまんまなんです。
先生 教祖は、「死ぬということは、もみを臼でひいた時、殻と実とが分かれるようなものである。時がくれば魂と体とが分かれるのである」と教えて下さっています。雄一君でいうなら、雄一君が生まれる時、魂と体が授けられ、亡くなった時、魂は体から離れたんです。魂は生き通しで、今も天地に生きているのですよ。
聞き手 天地に生きているのですか?
先生 魂は、生きている間も死んでからも、この天地にいることに変わりないんです。雄一君に授けられていた魂も…(ちょっと考え込む感じ)んーと、そうだなあ…家で留守番をしているのやら、大学の友達に会いに行っているのやら、どこでどうしているのかはわかりませんが、あなたが生きている天地の中に、今も一緒にいるんですよ。
聞き手 雄一の魂が、「今も一緒にいる」って言われると、なんだかうれしくて、力が湧いてきそうです。
先生 うん、そう言ってもらえて私もうれしいです。神様も、あなたの前向きな姿を喜ばれていると思います。きっと、雄一君もね。
聴き手 そうかもしれませんね。先生、今日はありがとうございました。
先生 はい、よくお参りでした。
ナレ 「若死にをすると、みな嘆いて心を苦しめるが、死ぬということは、もみを臼でひいた時、殻と実とが分かれるようなものである。時が来れば魂と体とが分かれるのである」。
今日は、この教えについてのお話でした。
