シリーズ「天地は語る」第1回「もう駄目だと思うときにも」


●天地は語る
第1回「もう駄目だと思うときにも」

金光教放送センター


ナレ 「何事にも、自分でしようとすると無理ができる。神にさせていただく心ですれば、神がさせてくださる」。これは金光教の教祖、金光大神こんこうだいじんの教えの一つです。今日は、この教えについてのお話です。

聞き手 先生。こんにちはー。山田酒店の次男のシンジです。
先生  おや、こんにちは。珍しいですね。どうぞ上がって下さい。
聞き手 どうもー。いやあ。初めて教会の中に入ったっす。
先生  初めてでしたかね。それで、今日は、何かご用ですか?
聞き手 うす。実は、自分、野球部に入ってまして、今度、甲子園出場を決めたんです。
先生  そうですね。おめでとう! いい試合でしたね。
聞き手 あざっす。で、自分、心配なことがあるんす。自分らのチーム、勝ってる時は、すっげえ、いいプレーが出るんすが、ピンチになると、みんなシュンとして、全然実力が出せなくて。何とかせんといかん思ってたら、お母ちゃんが、「金光さんの先生、時々ええこと言うから、駄目もとで、話聞きに行ってみい」って言うもんで、来てみたっす。先生、ピンチの時に元気が出るようなおまじない、ないすか?
先生  そうなんですか。そうですねえ。おまじないになるかどうか分かりませんが、一つお話をしましょうか。絶体絶命のピンチに立たされた人のお話です。
私のひいおじいさんは三重県でお百姓をしてました。ある年、ひどい干ばつになりましてね。全然雨が降らないんです。どの家でも、田植えを諦めてしまうようなことでした。農業って、天候次第ですからねえ。
聞き手 そっすね!
先生 ひいおじいさんの所では、それでもそれなりに苗が育ちました。そして、それを田んぼに植えました。
聞き手 水はどうしたんすか。
先生 本当は田んぼには、たくさん水が必要です。でも、溜め池も干上がり、水路にも水は流れていません。井戸から水を汲み上げては田んぼにかよったそうです。といっても、一カ所に流し込んでも、地面に吸われるだけです。そこでひいおじいさんは、田植えの後、ちょっと変わった方法で水をまきました。
聞き手 どうやったんすか。
先生 神様にお供えするさかきという木の枝がありますね。あれをじゃぶんとおけにつけて、その枝を振って、水をまいたんです。
聞き手 ええ、そんなもんで水がまけるんすか。
先生 葉がたくさんついた榊の枝だと、思ったよりたくさん、広く、水がまけます。でも、しょせん水まきですからね。田んぼは広いから時間も掛かるし、井戸から取れる水にも限りがあったでしょうし、とても稲の成長に必要な量の水をまくことは出来なかったでしょう。
聞き手 うわあ。最悪っすねえ。他の人は、どうしてたんすか。
先生 他の人は田植えをしなかったそうです。無駄ですからね。だから、仕事は暇だったと思いますよ。ひいおじいさんがそんなことをしてるのを見て、「金光さんの信心したら、あんなことせんといかんのか」と、呆れていたそうです。でも、ひいおじいさんは、ずっとそれを続けました。
聞き手 それで、どうなったんすか。米は取れたんすか。
先生 ええ。取れたんです。八反の田んぼで十一俵のお米が取れました。ふつう一反で五俵は取れますから、少ないといえば少ないんですが、何もしなければ収穫はゼロですからね。しかもその年は、干ばつということで税金が免除になりました。小作料も納めなくていいんです。だから、米が取れなかった人たちは翌年生活に困りましたが、ひいおじいさんは、「あんな楽な年はなかった」と言っていたそうです。
聞き手 すごいっすねえ。ひいおじいさんは、榊で水まきしたらお米が取れると信じてたんすね。
先生 うーん。どうでしょうか。多分違うと思います。
聞き手 えっ、違うんすか。
先生 農業のプロですからね。そんなことしても駄目だということは、百も承知だったはずです。
聞き手 駄目だと思ったんなら、するわけないじゃないすか。
先生 お百姓の仕事は、米を作ることです。でも実は、米が育つ上で人間の出来ることは、ごく一部です。ほとんどは、天地の命が天地の働きで育つだけのことなんです。苗代には苗が育った。そのままにしておけば枯れるだけ。それでは申し訳ない。だから植えたんです。そして榊で水をあげました。それがその時出来る精いっぱいのことだったからです。その上で枯れたとしても、お百姓としての仕事はしていると言えるんです。“米を作る”のではなく“米を作らせてもらっている”と知っていたから、そうせずにはいられなかったんです。
聞き手 うーん。
先生  金光教の教祖は、「何事にも、自分でしようとすると無理ができる。神にさせていただく心ですれば、神がさせてくださる」と教えて下さっています。野球でも、ピンチの時は苦しいんでしょうね。「この期に及んでそんなことをして何になる」と思うようなこともあると思います。でも、そんな時も、悪びれず、胸を張って堂々とプレイ出来たら素晴らしいですね。心がへこみそうな時には、「いろんな人に支えられて野球をさせてもらってるんだ。たとえ無駄なように思えても、自分に出来ることを精いっぱいさせてもらおう」と思って頑張って下さい。しっかり実力を出して、いいプレーが出来るよう、祈っていますからね。
聞き手 うぃす! あざっす。来て良かったっす。みんなにも話してみます。

ナレ  「何事にも、自分でしようとすると無理ができる。神にさせていただく心ですれば、神がさせてくださる」。今日は、この教えについてのお話でした。

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