親の祈り、神様の祈り


●先生のおはなし
「親の祈り、神様の祈り」

三重県
金光教南牟婁みなみむろ教会
松田斎二郎まつださいじろう 先生


 「ドーン!」
 ハンマーで叩かれたような衝撃が、私の頭を突然襲いました。
 間もなく高熱にうなされ、身体の節々が痛み、口にしたものすべてを吐き出したのです。そして顔は赤黒く腫れ上がりました。

 これは、私が出張先のフィリピンから帰国して数日後のことでした。当時31歳だった私は、東京で一人暮らしをしていました。今までに経験したことのない痛みと症状に見舞われ、3日間、飲まず食わずのまま部屋で倒れていたのです。
 そして、そのことを知った先輩が、見かねて病院へ連れて行ってくれたのでした。
 診断の結果は、「デング熱」という感染症。出張先で気付かぬうちに蚊に刺されて感染したようです。しかも私には、血液中の血小板が減るという持病もあって、病状を更に深刻にさせていたのでした。
 血小板は、止血の働きがあります。しかしこのデング熱によって血小板が減少して出血を引き起こし、それが顔一面に赤黒い斑点となって現れたのでした。もし、これが頭の中だったら命に危険を及ぼすため、その場で即入院となりました。

 私が、三重県熊野くまの市にある実家の教会に電話をすると、母は特別驚いた様子もなく、「神様に祈っているから大丈夫」と励ましてくれました。ところが私との電話を切った後、母はすぐに病院へ電話を掛けたのでした。やはり心配だったのでしょう。お医者さんは、「お母さん、よければ来てあげて下さい」と言われたそうです。母も、「これは、放っておけない」と思い、翌日には病院に来てくれたのでした。
 母は、私を見るなり笑顔で話し掛けてくれました。思ったよりも元気そうな私に安心したのか、いつもの穏やかな表情に、優しい笑みをたたえていました。まるで私の身を案じていないかのようにさえ見えましたが、いつもと変わらぬ母のその姿が、心細かった私を和ませてくれたのです。
 しばらくして、母は廊下で担当のお医者さんと話をしていました。話も終わり、ニコニコと病室に戻った母に向かって、「何を話してた?」と尋ねると、「あなたの血小板の病気のこと」と答えます。
 「で、治るって?」と聞くと、  「それが治らないって。だけど、『松田さんの場合は、軽くて良かったですよ』とおっしゃってくれてね」と、またニコニコと笑います。
 お医者さんは、「治らない」と言っているのに、「軽くて良かった」と喜ぶ母。ともすると、こういう時は悪く考えるものですが、「軽くて良かった」と喜ぶ母の姿に、この時どれほど勇気付けられたか分かりません。人の心を救うのに、大げさな励ましも、特別な知識や技術も、ましてや、奇跡を起こす魔法もいらないんだなぁと、つくづく教えられたのでした。

 そして入院3日目の朝のこと。洗面所で鏡を見た瞬間、全身に電気が走ったような驚きを感じたのです。  「誰だ、こいつは?」
 鏡に映った私は、赤黒い腫れも少し治まり、元の私に近い姿が映し出されてはいるのですが、なぜかその時は私ではないように見えたのです。とっさに、「あっそうか! 私は死んでいたのか! それが母の祈りを受け、死ぬところを神様に助けて頂いたんだ! そうか! 私は生まれ変わったのか!」との思いが湧き起こってきたのです。
 病室に戻るとジワジワと喜びが込み上げ、止めどなく涙があふれてきました。「親の祈りの中で、生かされていたんだなぁ」との思いが募り、ただただ、「ありがとうございます。ありがとうございます」という、感謝の言葉しか出てきませんでした。そして、この日を境に、みるみる快方に向かっていったのでした。

 すっかり気分も良くなってきた入院5日目。母が熊野に戻る日が来ました。私は、「心配掛けたね。来てくれてありがとう」とお礼を言い病室から見送ろうとしました。別れが辛いのか母は泣いていました。私は、もう一度、「もう大丈夫やから。心配せんといて。ありがとう」と言うと、今度は、「何も心配してないよ。ただ、病室から出たらあんたの顔が見えんようになる。母さんは、それが悲しいんや」と、またポロポロっと涙を流したのです。
 廊下の向こうに母の姿が見えなくなるまで見送った後、ベッドに戻ると、今度は私の涙が止まりませんでした。親というのは、なんてありがたいのだろう。ここまで深い愛情で私のことを思ってくれているのか。苦しんでいる私の姿を見ては、笑顔で包み込み、元気を取り戻した私の姿を見ては、涙を流して喜んでくれる母。

 私は、こうした母の姿を通して、神様に触れたような気がしました。金光教の神様は、「人はみな神のいと」といって、人間をわが子として慈しみ助けて下さる“親神様おやがみさま”だといわれています。一人ひとりを私の母と同じ思いで、祈り続けて下さっているのだと気付かされたのでした。

 あれから十二年。私も結婚して実家の教会に戻り、一人の子の親にもならせて頂きました。見よう見まねで神様に手を合わせている娘の姿を目にした時、私は言い知れぬ喜びを感じるのです。そして母も、信心をする私の姿に、喜びと安心を感じてくれていたのかと気付いたのです。
 親神様の温かく大きな懐の中で生かされて生きる喜びに、いつの日か娘も気付いてくれればと、今は、亡き母がしてくれたように、私も娘のことを祈らずにはいられないのです。

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