ラジオドラマ「花ものがたり」第8回「桔梗」


●ラジオドラマ「花ものがたり」
第8回「桔梗」

金光教放送センター


登場人物  
夏子なつこ  
おさむ(菓子職人・32歳)


(商店街ノイズ)

夏子 あら、修さん、いらっしゃい。久しぶり…。去年の高校のクラス会以来?。
  うん、元気そうだね。
夏子 修さんがお花買いに来るなんて珍しい。
  いや、買うんじゃなくて、ちょっと花見せてもらってもいいかなあ。
夏子 いいわよ、どうぞ。でもなぜ?
  新しい和菓子を作ろうと思って、何か花でヒントが得られないかなって。
夏子 随分商売熱心になったのね(笑い)。アハハハ…。
  からかうなよ。
夏子 だって、お父さんの後継ぐの嫌だって、一度は自動車会社に就職したでしょ。ねえ、どうしてまた、お菓子屋さんを継ぐ気になったの?
  ああ…。俺、口下手だろ。
夏子 うん、そうねえ…。
  あっさり認めんなよ。
夏子 その通りだもの…。
  営業に回されて、先輩の後を付いて回ってたころは良かったんだけど、一人で回るようになってからは一台も売れないんだよ。毎日毎日、歩いて歩いて、靴の底減らして。
夏子 そう…、大変なんだ。
  結局親せきに1台車買ってもらった。
夏子 アハハ…。
  で、さあ。
夏子 何?
  何度も何度も足を運んで、やっと車買ってくれそうなお客さんつかまえたんだ。
夏子 へえー。
  ところが土壇場になってキャンセルだよ。で、そこの奥さんが僕を家に上げてくれて、「ごめんなさいね」って、おいしいお茶と和菓子を出してくれたんだ。それが落ち込んでた僕に、とてもおいしかったんだよ。
夏子 ふーん。
  僕はその時に気が付いたんだ。お菓子は人の心を癒し、優しくしてくれるって。そしたら、毎日毎日仕事場で立ちっぱなしで黙々と働いていたおやじが、急に僕の心の中で、偉大な存在になってきたってわけさ。
夏子 そうなんだ。
  でも、仕事を継ぎたいって言った僕に、おやじは何も教えてくれない。「体で覚えろ」って言ったんだ。
夏子 厳しいんだね。
  菓子の作り方って、その日の気温や湿度によって変わるんだよ。同じことやってるようで、毎日変わるんだ。
夏子 へえー、知らなかった。
  あ、おっと、おしゃべりばっかりして…。
夏子 で、お花を見たいって言うのは?
  うん、隣町の老人会から、敬老の日の集まりに、たくさんの注文を受けたんだ。おやじが初めて「お前作ってみろ」って。
夏子 やったね。
  うれしかったよ。…えーっと、どんな花がいいかなあ。あ、菊なんてありふれてるだろ。
夏子 まあ、ゆっくり見ててね。
  うーん…あ、これかな。
夏子 あ、桔梗ききょう
  色が奇麗だし、形もいいなあ…。
夏子 じゃあ、それわたしからプレゼントする、持って帰ってよく観察してね。桔梗の花言葉は“誠実”とか“気品”よ、頑張って。
  ああ、ありがとう。

夏子 それから、ひと月程してからのことだ。商店街でばったりと修さんに会った。

(商店街のノイズ)

 やあ。
夏子 あ、ねえ、この間の桔梗のお菓子成功した?
  いやぁ、したんだけど…。
夏子 評判どうだった?
  それが…。
夏子 どうしたの?
  僕、バイクの荷台に箱をくくり付けて配達に行ったんだ。壊れないように慎重に運転したんだけど、配達場所に着くほんの手前で、猫が道に飛び出してきて、慌ててブレーキかけたんだ。
夏子 もしかして?
  うん、そうなんだよ、向こうに着いて箱を開けたら、老人会の会長さんは「これは見事な菓子だ」って言ってくれた。だけど、菓子が隅に寄って形が崩れてた。
夏子 全部じゃないんでしょ。
  そうだけど。僕は、その哀れなお菓子の姿を見て、そこに置いて帰る気になれなかったんだよ。だって、我が子を送り出すような気持ちで運んでったお菓子が可哀想で、持って帰ろう、いや、連れて帰ろう…。
夏子 連れて帰る?
  そう。我が子と同じって言っただろ。お菓子にだっていのちがあるんだ。
夏子 お花にもいのちがあるのと一緒なわけだ…。
  物作りって、いのちを吹き込むことなんだ。で、先方の人に謝って「連れて帰らせて下さい」って言ったんだ。
夏子 ふーん。
  老人会の会長さんは、夏ちゃんと同じように変な顔をした。
夏子 えっ、わたし、変な顔なんて…。
  で、僕の気持ちを伝えたんだよ。そうしたら老人会の会長さんは僕の話を黙って聞いてくれて「よく分かった。そこまで自分が作る菓子に愛情を持っている君の心持ちがうれしい、その心をいつまでも大切にしなさいよ」って。
夏子 老人会のお菓子は?
  おやじに電話して、すぐに代わりの菓子を届けてもらった。
夏子 良かったね、お店の信用を失わなくて。
  それからなんだよ。
夏子 何?
  その老人会の会長さんは、僕のことが気に入ってくれて、店にも度々来てくれるんだ。老人会の茶道のサークルのお菓子も、僕の作った菓子を推薦してくれた。
夏子 へぇー、ねえ、ところで、その形の崩れた桔梗のお菓子はどうなったの? まさか捨てちゃったんじゃあ…?
  とんでもない。可愛い我が子を捨てられないよ。店に来てくれたお客さんに「こういうわけで、形が崩れてますけれど」と言ってプレゼントした。
夏子 へ? どうしてわたしの所に持って来てくれなかったの?
  だって、夏ちゃんに売り物にならないお菓子をあげたら失礼だろ。
夏子 あ、全然失礼じゃないよー。
  でも…それ以上太らせたら悪いだろ?
夏子 こらあ!
  あはは、今度、今度必ず持って来るよ。
夏子 絶対、約束よ!

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