おはかのはなし


●先生のおはなし
「おはかのはなし」

京都府
金光教船岡山ふなおかやま教会 
大引明子おおびきあきこ 先生


 大正9年生まれ、金光教の教会に奉仕していた私の父はお墓好きでした。雨の日も風の日も父は毎日、教会にご縁のあった方がたくさんまつられているお墓にお参りし、お水を替え、お掃除をし、それぞれの御霊みたま様にお祈りをして帰ってくるからです。

 そんな姿を、もうお父さんはお墓が好きなんやから、と昭和28年生まれの長女である私はいつもあきれておりました。お墓にどれだけの意味があるの、人間生きてる間がすべてじゃないの、お墓なんて形だけじゃないの、と若い頃はよくそう言って反発しておりました。

 しかし、実は父も私も自分たちのお墓をどうするのか、どう考えてゆくのか、ということについては面と向かって話し合ったことがなかったのです。いつまでも家族は健康で変わらず暮らしてゆける、そう高をくくっていたのかもしれません。

 平成16年父が亡くなりました。そこで初めてお墓をどうしようかということが家族の問題になりました。

 あんなにお墓参りをしたにもかかわらず、父は親のお墓を知りません。幼い時に両親と別れ、戦争という大きな社会の変化もあって、親のお墓がいったいどこか分からなかったのです。懸命に探しもしたようですが、結局見つからなかったのです。ひょっとすれば父は親のお墓が見つからないからこそ、人のお墓に足しげくお参りしていたのかもしれません。

 自分に接し育ててくれる人を親と慕って大きくなってきた父の気持ちを思うと切なくなりました。そんな気持ちやもっともっと父とかかわりたかったという思いからでしょうか。ふと神様にお願いして、我が家のお墓を作らせてもらおうという気持ちになりました。のちのち家族みんなが、一つお墓に入ってけんかするのもいいかもなぁ、などと思うようにもなったのです。お墓なんてと言っていた私だったのに、年月が心をとかしたのでしょうか、しかし、自分がそんな気持ちになれたのが何だかほっこりとうれしい。それが我ながら何とも不思議でした。

 さて、お墓を造るぞ! と大見得を切った私ですが、…困りました。父はどこに祀って欲しいという自分の願いは何ひとつ家族に話していません。あっという間に1年がたち、2年目の夏、今日こそはお墓の場所だけでも決めさせてもらおうと、私、母、妹うち揃い、早朝に家を出ました。

 家族で決めた条件は、よく日が差す明るい所がいいということ、少々遠くても交通の便がよく、行きやすい所にしたいということ、足の悪い母がお参りしやすいように階段のない所、ということです。この3つを胸に、まずは郊外の墓地を目指しました。

 1時間かかってやっと着いてみると、まぁ、素敵! 広い芝生、周りを山に囲まれて、小さなせせらぎまであり、子どもたちが遊んでいます。鳥の声も聞こえて、お墓参りというよりはまるで遠足。ピクニック気分でもうここに決定、という時、妹がふと「冬はどうなるんですか」と墓地の人に尋ねました。

 「冬はね、吹きっさらしです」

 大変。見回せば山の中の野っ原、風を遮る物は何もありません。夏こそ涼しいですが、父の命日のある2月には誰もお参り出来ないということになるやもしれません。いい所なのになぁ…、意気消沈して私たちはこの場を去りました。

 その後もお墓をいくつか回りましたが、どこも階段があったり、不便だったり、まさしく帯に短したすきに長し。

 そんなことをしているうちにもう夕暮れです。ヘトヘトの私たちは「もう一度、あそこに行こうか」と言い合いました。あそことは、なずな霊園。父にご縁のある方がたくさん祀られていて、父が毎日毎日お参りした所です。家からもとても近い。なんだ、そこがあるのなら、最初からそこにすればいいじゃないかと言われそうですが、実はその前の年、いの一番に行ったのです。ところが同じ霊園でも、新しく造成された場所はうっそうとしてあまりにも暗く、残念ながらやめにしたのです。

 しかし、この際です。もう一度行ってみることにしました。おもしろいことに、ここは大学の構内にあります。その構内にある小さな門を開けると、そこが墓地。入った途端、「うわぁ、日当たりがいい」「去年と同じ所なのに、いったいどうして?」。そう聞くと係の人が、「ここにあった大きな木を切ったのですよ」と言ってくれました。

 見違えました。これならいい、近いし、明るいし、階段もない。おまけに若い人たちの声がしてにぎやかだ。決めようか、そう思って後ろを向くと母も妹もニコニコとうなずいていました。

 このような次第で、我が家のお墓は歩いて10分、バス停そば、階段無し、日当り良好の土地に出来、父はそこに一番乗りで入ることになりました。きっとお父さんもここがいいと思っていたんやなぁ、日がたつにつれて、それは確信になりました。

 いろいろ回って近い所に落ち着いた、何だかネズミの嫁入りみたいだとおかしくなりました。それも父が毎日足を運んだ所です。

 お父さんはきっと私たちにお墓造りを託したんだなぁ、ふと思いました。父は自分のではなく、我が家のお墓を造りたい、そう考えてきっと私たちにお墓造りを託したのでしょう。しかし、私たちに自分の願いを言うより、神様にお願いしよう。そう思って毎日毎日この地に足を運んだのでしょう。

 雨の日も風の日も歩んだ父の足跡はもちろん消えています。しかし、父が足を運べば運ぶほど、父の足跡はしっかりとした一本の道になり、強い願いとなり、神様に届いていたのでしょう。その父の思いを神様がくんで下さった。じっくりと柿の実が落ちるように私たちの心が熟すのを待って、我が家のお墓造りを実現して下さったのだなぁ、と思わずにはおれないのであります。

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