●私の本棚から
「ぼくにお土産はないとね」

愛知県
金光教牧野教会
服部貴子 先生
おはようございます。愛知県にある金光教牧野教会の服部貴子と申します。
金光教に関する書物の中から、後世に残したいお話を紹介するシリーズ『私の本棚から』。今日取り上げるのは、昭和54年に発行された『信心のいのち』という本です。
福岡県にある金光教甘木教会の当時の教会長であった安武文雄さんが、四国にある金光教道後教会でお話しになった内容が収められています。その中から小さなエピソードを朗読して紹介します。
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まだ子供たちが小さかった頃、私がある時、たしか東京に行ったときだったと思いますが、あれこれ子供たちにおみやげを考えて、買うて帰ったことがあります。長男が小学校三年生ぐらい、二男が小学校に上がる前だったでしょう。長男のおみやげはすぐ決まりましたが、二男のおみやげが、どうしても都合よく目につきません。何かためになるようなものをと思いますが、なかなか適当なものがありませんので、とうとうおもちゃのピストルを買うてきました。その日の夜のことですが、私が夜の御祈念に出るため、御広前に出かかっておりましたところ、廊下のかどで、長男とひょっこり出合いました。そしたら、長男が、「ぼくにおみやげはないとね」と言うのです。「おみやげはあげたじゃないね」「あれだけね」「あれだけいうて、みんなおみやげはひとつずつよ」と言うたところ、何か変な顔をしております。なにごとだろうかと思いましたが、はっと気がつきました。それはどういうことかといいますと、長男には、寒暖計が組み込まれた壁飾りを買うてきたのですが、それは、身近に寒暖計があれば、夏休みなんかに温度を調べたりするのに都合がよかろうし、勉強部屋の飾りにもなると思うたわけです。くわしくはわかりませんが、ひょっとしたら、長男が、「おれにもちょっと貸さんか」ぐらいは言うたでしょうね。二男は、「いや、これはぼくんと」と言うて、貸さずに遊んでおったかもしれません。それで私は、「ピストルが要るとじゃったね」と言いますと、「うん」と言います。「あの壁飾りはね、ピストルよりずっと高いとよ」と言いましたが、子供は値段の高い安いではないですね。長男は、それを壁に掛ければ、それでもうおしまいですから、おみやげとは思えぬらしいのです。親としては、いろいろ考えて、何かためになるものをと心を配っておるのですけれども、長男にしてみれば、おもしろいおもちゃではないものですから、二男のがうらやましかったわけでしょうね。「まあ、こらえときなさい。また今度買うてあげるから」と、どうにかその場はおさまりました。
その時、私は思いました。自分自身がこういうものではなかろうか。親神様の氏子を思うて下さるおぼしめし、おはからいがわからずに、ややもすると、目先のことだけを受け取って、その目先のことが、自分の思いどおりになれば有難い、ならねば有難うないというような、勝手な考え方、生き方をしておるのではなかろうかと、考えさせられました。
※表記は原点に基づいています。
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いかがでしたか。
今から60年以上も昔、昭和30年代頃のお話です。福岡県の田舎のほうから、東京まではるばる出かけたお父さんが、小さな息子達におみやげを買って帰ってくるのです。どんなにワクワクして迎えたか、目に浮かぶようです。
けれども、遊びたい盛りの男の子には、親が自分のために考えて買ってくれた寒暖計より、おもちゃのピストルのほうがうらやましく見えたのでしょう。
「ぼくにおみやげはないとね」といじける息子に対して、「また今度買うてあげるから」と声をかけながら、このお父さんは、「自分自身が、こういうものではないか」 ―つまり、自分の気に入るものでなければ、そこにかけられた思いにも気づかず不満を持つ、子どもと変わらないところが自分にもあるのではないか― と、わが身を振り返ったのです。
ところで、私がこのお話に出合ったのは、今から約15年前。金光教の教師になるために入学した金光教学院から、年末の休暇で、数日間、実家に帰っていた時でした。たまたま母から手渡されて読みました。
その休暇が明けて学院に戻ったら、私は1週間ほど入院して、少し前に見つかったお腹の中の腫瘍を取る手術を受けることになっていました。おそらく悪性ではなくて、手術後は元通りの生活ができるだろうという見立てでした。でも私は、元気に修行している同期たちがうらやましく、「たった1年間という限られた修行期間に、なぜ自分だけこんな目に遭うのだろう」と、もやもやした気持ちがありました。
けれども、これを読んだ時、そんな不満を感じていた自分の姿が、おもちゃをうらやましがる男の子と重なって見えました。そして、自分がどれだけ状況に恵まれ、人に祈られ、助けられているか気がつき、不運だと思っている経験も、私にとって何か意味がある大事なことなのかもしれないと思えたのです。心の中にあった靄(もや)がパァッと晴れていきました。
あれから15年以上経ち、おかげさまで元気な日々を送っていますが、今でも時々、このお話を思い出します。そして、自分には計り知れないけれど、日々の出来事にも、親心のような神様の思いがかけられているかもしれないと思うと、自然と「ありがたい」という思いが湧きあがってきます。
