●信者さんのおはなし
「安心のもと」

金光教放送センター
(ナレ)兵庫県の金光教長田教会にお参りしている三浦律子さんは、現在74歳。もともとは三浦さんのお母さんが熱心に信心をしていて、その姿を子どもの頃から見て育つ中で、三浦さんも、教会や神様の存在を身近に感じるようになっていました。
「母の祈りや信心の徳によって、家族が助けられていると思う」と話す三浦さんですが、お母さんの祈りは、三浦さんだけでなく、三浦さんの長女、千秋さんにも伝わっていました。三浦さん一家が、関東に住んでいたときのことです。
(三浦)長女は小学校低学年の頃に、子どもの雑誌のおまけの表彰状型のメモパットに「あなたはいつも私たちをご祈念してくれているので表彰します」と書いて母に贈ったんです。そしたら母は「今日は千秋から表彰状もろた」って喜んで私に電話かけてきて、で、夏休みに帰りましたら桐タンスのところに押しピンで貼ってありました。
(ナレ)まだ小学校の低学年だった千秋さんが「おばあちゃんが祈ってくれている」と感じるほど、三浦さんのお母さんの祈りは、強く、それでいて自然だったのでしょう。さらにその数年後のことです。
(三浦)長女が、ブランコから落ちて、ブランコの防護柵で背中を打ったんですね。その時、ちょうど主人がお休みだったので、市民病院に車で連れて行きました。そしたら、市民病院の先生が「腎臓が破裂したらショックの状態になるから、うちでは手に負えない」と仰って、小児医療センターに救急車で搬送されました。それで娘は10日間集中治療室で治療を受けて、1カ月入院しました。その時に集中治療室で娘が気がついたら、娘の横に母がいて「千秋」って話しかけたそうなんです。で、千秋が「おじいちゃんは?」って母に聞くと「おじいちゃんは神戸においてきた」って母が言ったらしいです。そして「お母さんがきたから、おばあちゃんと代わるね」って言って、母は集中治療室を出たって言うんですよ。その話は私、聞いたことがなかったんです。娘はみんな全部知ってると思ってて、あえて今まで口にして話もしなかった。で、また娘が「おばあちゃんが来たでしょ?」って言うから、「おばあちゃん、来ないよ」って言ったら、「いいえ、来たよ。来たでしょ?」って言うんですね。で、あんまりはっきり言うもんですから、私が間違ってるんかと思って、主人と次女に「おばあちゃん、来た?」って言ったら、「来ないよ?」って言うんですね。そらそうです、母は一人では来られないんです。東京駅まで私が迎えに行って、それから病院に連れて行かないと母は一人で来れるはずもないんです。
娘は、ほんの3年くらい前までおばあちゃんが来たっていうことを固く信じてたんですね。母の信心の祈りの強さにびっくりしました。
(ナレ)実際には、集中治療室に、「おばあちゃん」、つまり三浦さんのお母さんは来ていなかったのですが、この出来事を通して、三浦さんはお母さんの祈りを強く実感し、その後、腎臓に影響が出ることもなく全快したことで、お母さんの信心の徳に守られている、とも感じました。
千秋さんにも自然と信心が伝わり、教会にお参りを続ける中で、さらに大きなおかげを頂きます。今から9年ほど前のこと、千秋さんに初期の乳がんが見つかったのです。
(三浦)長女が乳がんになったんですね。自覚症状があったというわけではなくて、40歳検診、それで行かせていただきます、ということでお届けさせていただいたら、教会長先生が「検査を受けんのは誰も嫌やけど、検査を受けるおかげ」と仰ったんですね。それと、「よくよく診ていただくおかげ」ってお話しくださいまして、私はそれまで、何か検査とかを受ける時は「どうぞ何事ございませんように」ってお願いしていたんです。でもそれは間違ってたなぁって後から思いました。それは、本当によくよく診ていただいたんです。マンモグラフィーを受けて、その後エコーを受けて、それは個人のクリニックだったんですけど、娘が服を着て出てきたら、先生が「もう一回診させてほしい」と仰ったんですね。で、もう一回また服脱いで、また診ていただいて、で、服着て出てきたら、「もう一回」って仰ったんですね。「三回服着たり脱いだりしたんよ、お母さん」って言って、それでもやっぱりどうも怪しいっていうことで、そこの先生が直接予約入れていただいて。個人で予約取るんでなくて、そこの先生が取ってくださったので、ほんとに早く次の検査に行かせていただいて、で、やっぱり手術しないかんっていうことで、それもゼロ期でした。手術して、それでも3泊4日で帰らせていただいたんです。それでおかげを頂きまして、今はもう「そんなに忙しくて大丈夫?」っていうくらい元気で働かせていただく毎日です。このおかげを頂いたのはね、やっぱり教会長先生のご祈念と信心、そして母の信心の徳に守られてるなぁって思って。
(ナレ)40歳検診を受けるに当たって、教会の先生が、心を込めて祈りながら話された「検査を受けるおかげ」「よくよく診ていただくおかげ」という言葉。検査結果は「何事もない」ということではありませんでしたが、三度も重ねて検査され、初期の発見につながった、これが正に神様のお働きなのでしょう。
三浦さんにとって、お母さんの祈りを感じながら、教会で先生と一緒に信心していく、それは、何があっても大丈夫と思える、安心のもとなのです。そして、長田教会で信心を進める三浦さんの願いは…。
(三浦)一番思うのは、信心をつないでいくっていうんですか。孫の代もお参りしてほしいなって思いますし、やっぱり自分が亡くなっても、子どもや孫を守る、その徳をね、頂きたいな、と思います。母はそれを実際に実践して、徳積み頂いた人。そう思ってます。
(ナレ)三浦さんのお母さんは、数年前、105歳のお誕生日に亡くなりましたが、祈りや徳というものは、亡くなった後も続いていくものだと思います。お母さんの御霊様に祈られ続け、お徳に守られ続けるという安心感は、三浦さんや千秋さんにとって、生きていく上でとても心強いものではないでしょうか。
子孫を守れる徳を積めますように、そして信心がずっと続いていきますように、と願いながら、三浦さんは千秋さんと一緒に教会参拝を続けています。
