●ラジオドラマ「いろは団地B棟」
第7回「小料理屋『はるよ』」

金光教放送センター
登場人物
・山形 春代 (飲み屋の女将)70代
・山形 じゅん子 (春代の嫁)40代
・山形 利男 (春代の孫)15歳
・南 和也 (会社員)25歳
・近藤 誠一 (和也の上司)40代
・キン (黒猫)年齢不詳
キ ン:ゴロニャーン。
春 代:じゅん子さん。あなたが戸を開けっ放しにしているから、入って来ちゃったじゃないの、野良猫のキンちゃんが。
(ナレーション:キン)
(溜息)冷たいんだからァ。春代さんは。おいらは、いろは団地に住みつく野良猫のキン。ここは、「おふくろの味」を売りにした小料理屋の「はるよ」。
春 代:利男ちゃん、行ってらっしゃーい。
利 男:行ってきまーす、おばあちゃん。
春 代:…アラ、お母さんは?
利 男:まだ寝てるよ。
春 代:ええーっ。今日は利男ちゃんの高校の入学式だというのに…。
(夕暮れのカラス)
春 代:じゅん子さーん。ほら、店を開ける時間よー。さ、早くのれんを出して。
じゅん子:あっ。ハ、ハイ。
(引き戸、開ける)
誠 一:こんばんは。
じゅん子:まあ。あ、いらっしゃいませ。お義母さーん。いろは商事の近藤課長さんよー。
春 代:いらっしゃいませ。…あら、今日は、随分お若いお方と。やっぱり同じ営業部の?
誠 一:南和也君。
和 也:…どうぞ、よろしくお願いします。
誠 一:とりあえずビールで。
春 代:じゃぁ、後は、お見繕いということで。(去る)
(調理の音)
春 代:じゅん子さん。アジのタタキ。ホラ、今出来たから早く課長さんの所へ。
じゅん子:ハーイ。(と、皿を持って行き掛けるが)…お義母さん、今、ちょっとまずいんじゃないですか?
春 代:…え?
じゅん子:だって…ほら…。
誠 一:(ビール注いで)君、君。君は、この頃毎晩、夜遅くまでスマホに熱中しているんだろう。だから、寝不足になって――。こんなにゲッソリとした顔で、お客様回りは相手に対して失礼だとは思わんのか。
和 也:…。
誠 一:同期の林君を見たまえ。昨日は、ほへと工業から1千万円の契約を取ってきたぞ。
和 也:…。
誠 一:生活が乱れているから仕事がはかどらんのだ。(ケータイ音 取って)モシモシ。えっ、なんだって? …ウン、ウン…。分かった。すぐに戻る。(携帯を切り)おかみー、お春さーん。
春 代:ハ、ハイ。
誠 一:(慌ただしく)お勘定、付けといて。
春 代:…何か、ご心配事でも?
誠 一:おふくろの調子が急に悪くなったって。今、女房から。じゃあ…(と、そそくさと去る)。
(戸を開ける)
春 代:(ビールコップに注いで)課長さんて、いつもお優しいんですねえ。
和 也:優しい? あの課長が、ですか?
春 代:ええ。
和 也:と、とんでもありません! 今日も朝から僕の営業成績の悪いことをネチネチネチ。今だって、グダグダと小言の嵐。もう、僕は耐え切れない! 辞めてやる! 明日、会社を!
春 代:へーえ。辞めてどこの会社へ移るのか私には分かりませんけれどもね、まあ、もう2度と、巡り会うことはないと思いますよ、あんなに真剣にあなたのことを叱って下さる上司には。
和 也:(不思議そうに)…えっ?
春 代:課長さん、今、お母さんの介護でとても大変なんですよ。奥さんもそのお疲れから体調を崩しがちだっていつもこぼされていますし。そんな大変な中、あなたを誘って、こうしてごちそうまでして下さって――。「頑張れよー」っていう愛情がもしもなかったとしたならば、とても…。
和 也:…頑張れよー!っていう愛情!?(考え込む)。
(戸 開く)
利 男:(元気よく)ただいまー!
じゅん子:…利男、お帰り。
春 代:(元気良く)お帰りー! 入学式は、どうだった?
利 男:おばあちゃん、ありがとう。おばあちゃんが言った通りだった!
春 代:それは良かった、本当に良かったねえ。
じゅん子:何なんですか? その、「おばあちゃんが言った通り」って。
春 代:それはねえ…(何かを話し掛ける)。
利 男:(遮る)僕が言う。
利 男:僕、第1志望の高校の入試に落ちた時、谷底に真っ逆さまに落ちて行くような気分になっちゃった。でも、おばあちゃんが、僕にこう言ってくれたんだ。
利 男:「自分の学力に見合った学校がいいよ。優等生の中の劣等生は本当につらいものだ。みんなと仲良く、元気に、楽しく通える高校が一番さ。神様が選んで下さった高校なんだから、胸を張って通いなさい」ってね。
じゅん子:…神様が?
春 代:そう、そうなんだよ。どんなことでも思い方の違い一つで、 「幸せ 」と 「不幸せ」が分かれていくんだよ…。
和 也:(中OFFから突然、ワッと泣く)課長、心配かけてすみませんでしたー!
一 同:(びっくり仰天)えーっ!!
利 男:あの人、だあれ? どうかしたの?
(ナレーション:キン)
利男君、びっくり仰天しちゃったよねえ…。でも、あの若い会社員、すっかり元気を取り戻し、その後に春代さんが作ってくれた雑炊を、3杯もおかわりをして元気よく帰って行ったよ。良かったねぇ、ニャーゴ。
