●ラジオドラマ「ミカンちゃんのラジオ人生相談」
第1回「意外な抜擢(ばってき)」

金光教放送センター
登場人物
・青柳 文治 (88歳) 静岡県のミカン農家の隠居 愛称ミカンちゃん
・原田ケイコ (33歳) とあるラジオ局のアナウンサー
・佐々木 (45歳) とあるラジオ局のプロデューサー ケイコの上司
ケイコ:今日も朝の5時から始まりました「夜明けのコーヒーごいっしょに」―。そろそろお別れの時間となります。お正月も終わり、今日からお仕事という方も。お寒いですからお気を付けてお出掛けください。ではまた明日! 原田ケイコでした! バーイ!
(ドアあく)
佐々木:(入る)やあ、お疲れさーん!
ケイコ:ああ、おなかがすいたー!
佐々木:ハイ、サンドイッチ。
ケイコ:あっ、いつもどうもスミマセン。(E 食べる)おいしい。…決まったんですか?
佐々木:…え?
ケイコ:新しい回答者ですよ、「人生相談」のコーナーの。
佐々木:ウン。決まった。
ケイコ:どなた?
佐々木:ミカンちゃん。
ケイコ:えっ?
佐々木:だからミカンちゃんだ。イヤ、実はね、せんだってのこと…。
(鳥の音(ね))
佐々木:君も知っているだろう。僕の趣味は写真だ。休みの日にはよく富士山を撮りにゆく。伊豆半島の丘の上から富士山を撮影中に…。
(カメラのシャッター音)
佐々木:ああ、やっぱり富士山は素晴らしい。どこから撮っても絵になるなあ…。
(カメラのシャッター音)
佐々木:おっ、今度はこの枝越しにもう1枚…ああっ!
(足をすべらせる音、ザザッと)
佐々木:ワッ。ワワワーッ。
(落下の悲鳴)
(滑り落ちる音、止まる)
文 治:た、大変だー! 山から人が落っこちてきたー。だ、大丈夫かー? し、しっかり―!
佐々木:だ、大丈夫です。アイタタタ…。腰が。あっ、写真機! 僕の大切なカメラ!
文 治:カメラならばわしが持っとる。ホラ!…あ、ズボンが泥だらけじゃないか…
さ、わしの肩につかまって。ソレ、ドッコラショ!(抱き起こす)さ、家へ行こう!
佐々木:…え、お宅へ?
文 治:風呂が沸いとる。腰を打った時はあったまるに限る。さあ!
佐々木:…ハ、ハァ…
佐々木:それから家へ連れていかれ、入れてもらった風呂がミカンの風呂。
ケイコ:ミ、ミカンのお風呂?
佐々木:太陽に干したミカンの皮が湯舟にたくさん浮かんでいる。あったまってねェ。一遍に痛いのが治っちまった。
ケイコ:ミカンのお風呂に入れてもらったってだけで、出演の契約を結んできちゃったんですか? あきれた。「人生相談」のコーナーは、番組の目玉なんですよ。今までは有名なソーシャルワーカーとか精神科医の先生とか、人生相談の達人を選んで頼んでたじゃないですか!
佐々木:素性ははっきりしているんだ。静岡県の代々続くミカン農家のご隠居で。
ケイコ:ご隠居! ミカンちゃんて、おいくつなんですか?
佐々木:(ズバリと)御年88歳。
ケイコ:は、88歳! そ、そんなお年寄りに人生相談を任せちゃうんですか?
佐々木:本当の名前は青柳文治(あおやぎ・もんじ)さんといって…。
ケイコ:…88歳…。
佐々木:僕は彼の一言で採用に踏み切った。
ケイコ:一言?
佐々木:いやぁね、初対面の私にこんなに親切にしていただいて…ってその時言ったら…。
文 治:(エコー)わしゃあ人助けが趣味でのう(笑う)。
ケイコ:…人助けが、趣味…?
佐々木:海と太陽と空と、大地とミカン。甘酸っぱい初恋の味のようなミカンを、生涯作り続けながら、人を助けて生きてきた人生。これまでに人助けが趣味って言い切った人がいたか? 人生相談を頼んだ人たちの中に一人でもいたか?
ケイコ:あたしは反対。誰か他の人を探して…。
(ドア開く)
文 治:…おはよう。ここで良いのかな。
佐々木:やあ! いらっしゃーい。お待ちしてました、青柳さん。
ケイコ:(小さな声で)あの人が?
佐々木:(小声で)そう。あの人がミカンちゃん。
文 治:お姉さん。さっきからずーっと苦虫をかみ潰したような顔をしとるが。
ケイコ:生まれ付きです。
文 治:腹立つ心は健康に悪い。「ヤカンとカンテキ」。
ケイコ:えっ?
文 治:だから、ヤカンと…。
ケイコ:ヤカンぐらい知ってます。「カンテキ」って?
文 治:七輪のことじゃ。関西地方の方言でな、腹が立った時はちょうどヤカンを七輪の上に乗せたような案配なんじゃ。そのまま置いておくと、いつまで経ってもぐらぐら煮えくり返っておる。おろせばいつの間にか鎮まる。だから相手から離れればよいのじゃ。
ケイコ:…なるほど…。では、サヨナラー!(と、立ち去る)。
佐々木:ま、待てよ! ケイコ君!
ケイコ:(自分に言い聞かすように)ミカン農家のご隠居さん、88歳のミカンちゃんか…、「ミカンちゃんの人生相談」。ウーン。ひょっとして、悪くはないかも…ウフフ…。
