●先生のおはなし
「元気をもらった気仙沼でのボランティア」

金光教東京学生寮寮監
辻井篤生 先生
私は東京の小金井市にある金光教東京学生寮の管理者として勤務しています。
2011年3月11日、今まで経験したことがない大きな揺れを感じました。東日本大震災です。首都圏の交通もまひし、寮生たちも帰宅困難となり大変でした。
その寮生の1人に宮城県気仙沼出身の斉藤さんという方がいます。ご両親と妹さんの4人家族で、地震直後、家にいた妹さんとは携帯メールで連絡は取れましたが、その後はご家族と全くつながらなくなってしまいました。ご両親はそれぞれ違う仕事場です。
私たちは集会室の大きなテレビをずっと見ていました。気仙沼市内は大火災が発生しました。映し出される映像のあまりの惨劇に、掛ける言葉もありませんでした。それでも多くの寮生仲間が斉藤さんに寄り添い、励ましていました。斉藤さんは募る不安を押さえきれず、家族に連絡を入れ続けました。
震災から5日後、やっとつながりました。妹さんは斉藤さんとメールした後、すぐに避難して間一髪助かり、そしてご家族もみんな無事でした。しかし、斉藤さんの家は津波で流されてしまいました。
斉藤さんがお参りする気仙沼教会は、急な坂の途中にあって、すぐ隣のお家まで波が押し寄せましたが、ぎりぎり難を逃れました。
教会では、隣接する避難所に入りきらない被災者を受け入れ、50日間にわたり、普段神様に祈りを捧げる場所を開放しました。そして、気仙沼教会のご信者さんたちは、地元の方と共に避難所となった自治会館で炊き出しをされました。
その後、金光教首都圏地震等災害ボランティア支援機構から大勢の人が、気仙沼教会を拠点にボランティア活動を進めました。多くの寮生たちも2度、3度と気仙沼を訪れ、私も合計40日間ほど活動をいたしました。
地震から1カ月後、最初に車で被災地に入った時、何事もない市内の様子が、ある角を曲がった途端に一変し、言葉を失いました。どうしても現実のこととは思えず、まるで映画のロケ現場に来たのではと思えました。現実の光景とテレビの映像で見る印象は、全く違いました。
私たちのボランティアは、教会がある南町の被災者の方の要望に応えたり、気仙沼市の災害ボランティアセンターへ出向いて活動しました。何とも言い表しようのない異臭が漂う中、最初の頃は、泥かきやがれきの撤去等、泥まみれになったお家を掃除したり、畳や家財道具の運び出し、遺留品の仕分けや流された写真の整理などが多かったです。そして、半年を過ぎる頃からは、仮設住宅への物資の支援やかき氷の提供、マッサージやお茶会の実施、花壇造りや自治会発足のお手伝いなど、特に住民が孤立しないような孤独死防止のボランティアになりました。
私たちは、避難所が隣接していることもあり、被災者の皆さんと共に活動したり、毎日夜にはミーティングを行い、それぞれ活動報告や感想、反省点を出し合い、より良い活動を模索しながら進めました。
そこで学んだことは、掃除をしてただ奇麗にすることだけではなくて、奇麗にすることによって被災者の方の心が救われていく。ただ物を提供するだけではなくて、そのことによって少しでも被災者の皆さんに寄り添い、その心が助かっていく支援をさせて頂く。往々にしてヒーローになりがちな自分自身を戒め、あくまで被災者の方々に心を向ける気持ちが大切だということでした。
ある被災者の方のお宅は、気仙沼湾の一番奥まったところから200メートルほどのところにありました。建物の3階くらいの高さの津波が襲い、母屋はすべて流され、離れだけが残りました。普通は5分で行ける自治会館へ、地震当初は、30分以上もかかっていたそうです。がれきで道路が埋まってしまい、その上を乗り越えていくので大変苦労したとのことでした。
離れは、1階を炊事場とお風呂、2階を物置にしていましたが、最初の頃は片付ける気力もなく、心がすさみ、投げやりになっていたとのことです。しかし、近所で活動する金光教のボランティア活動で周りがだんだんに奇麗になっていくのを見て、やる気が出てきたとのことで、私たちも一緒に掃除をさせて頂きました。
3日間かけてほぼ片付き、整理が出来たその日の夜、避難所に現れたこの方を見て、避難所の皆さんが、「服装も爽やかになり、顔つきも一変、とても穏やかになった」と口々におっしゃっていました。この方は私に、「地震当初はどうしたらいいか分からず、落ち込んでいたが、教会の掲示板に掲げられた、『何とかなる』という言葉に励まされ、勇気が湧き、救われた。金光教さんには本当に感謝している」とおっしゃって下さいました。私はその言葉に感動し、涙を押さえるのが精いっぱいでした。
このたびのボランティア活動で、「最初はどう被災者の方と触れあったらいいか、恐くて不安だった」という多くの寮生たちも、逆に「『感動』を、『生きる喜び』を、『元気』をもらった」と、何事にも代え難い経験をさせて頂きました。ここで出会った被災者の皆さん、一緒に活動した仲間とは、たった数日の出会いでも一生の友人を得たと言ってもいいほどの深い絆で結ばれました。
そして、この経験を通して得たものを日常生活にも現し、多くの人に、〝人と人とが助け合う喜び〟を伝え、現していきたいと願っております。
