●先生のおはなし
「答えはいつも心にある」

大阪府
金光教梅田教会
若林正信 先生
杉山さんは、37歳。事務機器の製造会社に勤めています。家族は、奥さんと息子の直人君です。
息子の直人君は、中学2年生。寡黙でおとなしい少年です。その直人君が、実は中学1年生のころから、クラスでいじめにあっていました。「暗い性格だ」と決めつけられて何度もからかわれ、無視されたり、トイレに閉じ込められたりしました。教科書が無くなり、体操服が引き裂かれてゴミ箱の中に捨てられていたこともありました。その度に直人君は、クラスメイトの仕返しが怖くて、教科書も、体操服も無くしたと言っては、その場をごまかしていました。
学校の成績が下がり始め、家庭では学校でのストレスのためか、言葉も、行いも乱暴になる直人君に、杉山さんは厳しく接しました。
「大切な教科書や体操服を無くしたと言って、勉強をサボろうとする直人の態度が許せない。おとなしかった直人が最近おかしいと、お母さんはおどおどしているが、お父さんは、絶対に許さないからな」と、叱られ続ける毎日でした。
直人君は、親にも、担任の先生にも本当のことが話せず、気持ちや生活態度がさらに荒れてゆきました。家にも、学校にも自分の居場所がないと思うようになった直人君は、朝、起きることが出来なくなり、中学2年生になって間もなく、学校に行かなくなりました。理由も十分に聞かず、無理やり学校へ行かせようとする杉山さんと直人君の関係は、ますます険悪なものとなり、直人君は自分の部屋に引きこもり、外に出ようとしなくなりました。
杉山さん一家は、誰もがうらやむほど、仲の良い家族でした。それなのに今、家族の心はバラバラです。直人君が何を考えているのか分からず、奥さんは、疲れきっています。
「何が、間違っているのか? どうすればもう一度、幸せを感じることが出来るのか?」と杉山さんは、毎日考えていました。そのような中で、杉山さんは、幼いころから両親に連れられて参拝していた金光教の教会に行き、思い切って教会の先生に相談してみようと思いました。
休みの日、杉山さんは教会に参拝しました。
「先生、御無沙汰しています。良い話なら喜んで報告するのですが、恥ずかしい話なので、ご相談するのを迷っていました」
教会の先生は、「勇気を出して、話しに来てくれたのですね。恥ずかしがることはないのですよ。良い時も、つらい時も、両方あっての人生なのです」と言って下さいました。
杉山さんは、今まで誰にも相談出来なかったつらい心の内を語りました。すると先生は、「例えば、お腹がいっぱいの時は、どんなにぜいたくな料理を出されても、食べたいとは思わない。そして、お腹いっぱいに食べることが続いたら、おいしいと感激する気持ちが分からなくなってしまうでしょうね。ところが、お腹が空いてどうしようもないと、ご飯に漬物だけでも、おいしくて、ごちそうに思える時がありますよね。あなたの心も同じです。良い時ばかりでは、駄目なのです。何が幸せなのか、分からなくなってしまう。人はね、苦労をして、つらい思いをするから、人の心の痛みが分かり、人を愛すること、幸せを感じて心が満たされることの本当の意味が、理解出来るようになるのですよ」。
杉山さんは、先生が優しく背中を押して下さっているように感じながら、息子の直人君のことを話しました。そして、質問したのです。
「先生、私たち家族は、つらい思いばかりしているのに、なぜ、傷つけあうことしか出来ないのでしょうか」。
先生は、優しく答えて下さいました。
「それはね。つらい思いを人のせいにして、そこから逃げようとするからですよ。杉山さんの家族は、互いに自分の思いを押しつけ、相手の思いを無視してきたのではないですか。答えはいつもあなたの心にあります。一番大切なことは、相手の心を、よく見てあげること。信じてあげること。信じている思いを伝えることです」。
杉山さんは、「ハッと」しました。
この時の先生の言葉は、神様の言葉のようでした。
杉山さんが、以前より厳しく家族に接するのには、理由がありました。
杉山さんの勤める会社は、数年前から経営不振に陥り、会社の立て直しの方法として、社員が次々にリストラされました。人事課長であった杉山さんは、その度に「仕方のないことだ」と自分に言い聞かせてきました。
それでも、リストラされた社員とその家族のことを考えれば、自分の家族は、幸せな暮らしが出来ていると後ろめたく思え、自分の家族に厳しくなってゆきました。だから、息子が学校をサボり、親に甘えているのだと思い込むと、腹が立って仕方がなかったのです。
「息子の直人が、いじめにあっているのではないか。それで、不登校になり、つらい思いをしているのではないかと、うすうす感じていました。それなのに私は、妻の言葉にも耳を貸しませんでした。もっと、息子を信じてやればよかった。話を聞いてやればよかった。申し訳ありません」。
杉山さんは、自分のおろかさに気付き、涙が止まりませんでした。
早速、杉山さんは家に帰り、直人君の部屋の前で、何度も、何度も謝ったそうです。
しばらくすると、直人君はドアを開けてくれました。そして、その日から、親子の話し合いが始まりましたが、話し合いというより、直人君が杉山さんに一方的に気持ちをぶつけます。
あまりの激しさに、奥さんが見ていて、何時、けんかになるかと思う時もありました。
それから、2カ月ほど経ったころです。
「お父さんは、黙って聞いてくれる。気持ちが楽になる。自分の気持ち、何とかしなければと思う」とつぶやくように、直人君が奥さんに話しました。奥さんも、伝え聞いた杉山さんも、うれしくて胸が熱くなりました。
直人君の登校出来る日が、そう遠くないことを信じて、幸せの意味をかみしめる杉山さんでした。
