●共に生きる
「保護観察ってなんやろ」

兵庫県
金光教高砂教会
中尾進 先生
私は、平成11年5月に法務大臣より保護司として委嘱を受けました。それ以来、保護観察、生活環境の調整、また、犯罪予防活動を主とした活動を11年にわたり続けてまいりました。本日は、その活動の一つ、保護観察についてのお話をしたいと思います。
ある事件を起こした中学生のしんちゃんは両親が離婚し、複雑な家庭環境等の理由から、保護観察が必要となり、私が担当になりました。
保護観察には、しんちゃんが立ち直るための約束事がいくつかあります。
その一つに毎日学校へ行くことがありました。半年余り学校へ行ってなかったので、中学校へ赴き、彼を登校させてもらえるよう、校長先生はじめ先生方との話し合いを重ね、形だけは整いました。ところが、3学期の始業式の前日、しんちゃんから「行きたくない」と連絡がありました。私は彼に会いに行き、ニコッと笑いながら、肩を抱いて「大丈夫や。一緒に行ったるから」と言うと、安心したのか笑顔で「ハイ」と約束してくれました。私は、できる限り毎日一緒に登校するようにしました。
2週間程すると一人で登校するようにはなったものの、環境が変わったわけではなく、親子関係、地域の不良グループとの交際など、いつ後戻りしてもおかしくない課題が山積みしていたのも事実でした。
やがて5カ月程経ったころ、不良グループの先輩から誘われ、断り切れず、事件を起し、鑑別所へ送られました。
私は、しんちゃんの環境を変えることが大事と思い、母親に引受人となってもらいました。母親の実家に引っ越し、地元の中学校へ転校させ、少年院送致ではなく、何とか保護観察が続いていくよう周囲にお願いをし、そのかいあってか保護観察が再開しました。
不良グループとの交友が絶たれ、彼も母親との生活を喜んでいました。しかし、最初は良好だった親子関係が、慣れない学校生活でのストレスや不満などが芽を出し始め、家に帰ると次第に母親と衝突するようになりました。12月も終わりに近づくころには、母親が辛抱しきれず「もう、面倒見られない」と訴えたのでした。そこで今度は、冬休みの間父親に見守ってもらうよう、お願いをしました。
ところがその数日後、またある事件を起し、警官を振り切り行方をくらますという問題を起こしてしまいました。その直後、私のところに彼から「家の納屋にいる」と連絡が入り、急いで駆けつけました。私は「連絡してくれてありがとう。心配したで。元気で何よりや」と言うと、「すみませんでした。どないしたらええのか分からなくなって」とのことでした。
私は彼の手を握り「立ち直ろうと辛抱しとったけどつらかったんやろな。もっと話を聞いてあげたらよかったのに、すまなんだなぁ」と言いました。すると「ようしてもらいました。ぼくがアカンかったんです」と、初めて彼の口から反省の言葉が出たのでした。その後、父親へ連絡を取り、父親に付き添われて警察署へ出頭したのでした。
少年院へ入ることになったしんちゃんは、すぐに父親を身元引受人とし、私が担当保護司となりました。そして、環境調整が始まりました。
父親は「自分も保護司さんに子どものことで悩んでいることを聞いてもらうと気持ちが落ちつきました。なんで今まで保護司さんのように子どもの話を聞こうとせなんだのか反省しています。また、息子の話を聞いてあげられるのはお父さんしかいないんですよ、と何度も話してもらったのに、子どもから逃げておりました」と話してくれました。その後父親は、毎月少年院へ面会に行き、彼の話を聞こうとする気持ちに次第に変わっていったのでした。
一方、母親は「自分が辛抱できなくてすみませんでした」と私にわびるのでした。私は「あの時点ではお母さんしか引き受けができなんだんです。お母さんがおられればこそです。よう引き受けてくれました。お母さんと過ごした5カ月は決して無駄ではなく、少年院で自分を振り返った時、お母さんへの感謝の気持ちが生まれ、必ず立ち直ってくれると思いますよ」と話しました。すると「子どもを自分の思い通りにしようとしたのが間違いでした。子どもの話を聞いて、お互いが分かり合わな前に進まんのですね」と、彼を受け入れていこうとする気持ちに変りました。この両親の気持ちの変化によって、少年院を出た後の彼の環境が整っていくことになりました。
保護観察で大事なのは、本人や家族との面接です。じっくりと話を聞くことなのです。聞く側の心の持ちようによって相手の心も変わっていくように思うのです。
そのためには丸い心になることが大切です。丸い心とは、落ち着いて何事も良い方へ受け入れていく心です。そうなれば、相手もそういう心になって和やかな間柄になります。ギザギザのくすんだ心であれば、相手の話を聞くまでもなく、自分の思い通りにしようとしてしまい、腹を立て、時には険悪な間柄になり、相手は離れていきます。恐らく、しんちゃんと両親もそうだったに違いありません。どこまでも相手を認め、受け入れていこうとする、その思いが丸い心となって、笑顔で接することにつながるのだと思うのです。
いつも笑顔を忘れないよう、これからも取り組んでまいりたいと念願いたしております。
ありがとうございました。
