ちょっと一息「こころの散歩道」

ちょっと一息「こころの散歩道」

「サンキュー」から学んだ「おはよう」

3年前から犬を飼い始め、朝の散歩が日課となった。たくさんの人たちとすれ違い、あいさつを交わすと気持ちがいい。しかし、ある60歳ぐらいのおじさんだけが、全く挨拶をしてくれず、表情も険しい。最初は体調が良くないのかと心配をしたのだが、一向に様子は変わらない。だんだんと、朝のさわやかな気分を害されるように感じてきた。
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美しい心が育ちますように

娘が小学2年生の時、仲間はずれにされ、毎日泣きながら帰宅していた。娘の作文には、「こんなつらい思いはもうしたくないし、人にもしないようにします」と書かれていた。5年生の時には、友人同士のけんかを見て、涙が止まらなかった。しかし、娘の涙が2人を仲直りへと導いた。娘をこのような美しい心に育ててくれたものとは?
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おじいちゃんは神様だったね

ヨチヨチ歩きを始めたばかりの1歳の息子が、2階の階段から、誤って真っ逆さまに落ちていった。その場にいた妻は、スローモーションの映像のように落ちていくわが子を、呆然と見ているしかなかった。そして、もうだめだと思った瞬間…。人生には数々の「たまたま」がある。しかし、ちょっとしたことで運命は大きく変わる。
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おばあちゃんの話

歳を重ねるとはどういうことだろう? 子どもの頃に祖母から聞いた話は、いろいろと私の心に残っている。ある日私は、98歳になった祖母と、近所の踏切で電車が通るのを待っていた。20分経っても開かない“開かずの踏切”。「しんどくない?」と祖母に声を掛けた私は、祖母からの意外な返事に驚いた。
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いい人?

病院の待合室、電車の中…様々な場面で耳にする「あの人、いい人」という話し声。「え? そんなことで“いい人”なの?」と、首をかしげることもしばしば。しかし、ふと考えた。「いい人」という定義は一体何だろうと。私は、高校時代に同級生だったある不良少年のことを思い出していた。
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心のごちそう

食べ物に込められた人の思いが、心の支えになることもある。父が入院中のこと。病院でしばらく父に付き添っていたのだが、なかなか容体が良くならず、姉と交代して、一度自宅に帰ることにした。気が重いまま、自宅の玄関を開けると、何やら炒め物のおいしそうな匂いがしてくるではないか。
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間違い電話

うちには間違い電話がよく掛かってくる。向こうが間違ったのに、なぜか怒られることも多い。いつも不愉快な気持ちになる。しかし、そのたびに腹を立てるのも嫌なものだ。私は、何とかお互いが気持ちよく電話を切れる方法はないものかと、あれこれやってみるのだが…。
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1年2組32人+ひとり

1年2組の担任となった小学校教師の私。ある日、学校中の先生方が参観する「研究授業」を行うことになった。他の先生方に認められたい、褒められたいと思っていた私は、いい授業が出来るようにと綿密に準備を進めていたのだが、いざ授業が始まると、事態は予期せぬ方向に…。