●信心ライブ
「心臓、自分で動かせる?」

金光教放送センター
(ナレ)おはようございます。金光教平野教会の宮下寿美です。今日は、私の友人のお話を聞いてください。彼の名前は清水光輝といいます。大阪にある教会で生まれ、バレーボールに青春をかけたスポーツマンでした。その彼は、今から32年前、病気で急に亡くなりました。先日、テープに残されていた彼の話を聞く機会に恵まれたのです。
さて、彼は高校時代、バレーボール部でキャプテンを務めていました。大好きなバレーボールではあっても、厳しい練習の毎日に、「病気になれば休める。けがをすれば休める」。そんな気持ちが出てきたのです。
(清水)病気だったらなあとか、けがをしたらなあっていうふうに、あほなことを考えてしまった。最寄りの地下鉄の駅まで、うちの教会から自転車で3分ぐらいかかるんですよ。その間に四つ角が2つあるんですね。ブレーキに手をかけずにハンドルだけぎゅっと握りしめて、全力疾走でその四つ角をばーっと突っ走ってしまうんですね。人通りとか車ももちろん多いんですけども、当たればラッキー、入院したらもっとラッキーっていうふうに思った。そういう生活を夏休みに入って10日ぐらい続けておったある日。いつものように電車に乗って学校に向かっていたらですね、私と同じ年ぐらいの少年と、母親と思われるおばさんがですね、私の座席の前に座られたんです。その少年といいますのは、身体障害者の方でありまして、ガムをですね、食べようとしたんですけど、その手がなかなかその口に持っていけないんですね。そういう姿を見ておりましたら、自分は今まで何てことを考えて、何て行動しておったんだと、ものすごく恥ずかしく思えました。私のこの健康な、ごつい体を頂いておるにもかかわらず、しんどいというだけの理由で、けがしたい、また病気になりたいと思っておった…。
(ナレ)その後も、一生懸命バレーボールに向き合いました。そして、体育大学の入試当日、実技の試験が終わった時、彼の心臓が思いがけない動きをし出だしたのです。
(清水)普通なら「ドクン、ドクン、ドクン」というんですが、「ドク、ドクドク、ドクン」というて、不整脈なんですね。1週間その状態が続いたんで、一応病院に行こうと思って軽い気持ちで行ったんです。おかしいなと思っていた1週間の間に、合格通知が届いていて、わくわくしていたんです。それで、「清水さん」って医者が呼んで、部屋に行った瞬間、いきなり「清水さん。これ以上バレーしたら、君、確実に死ぬで」と言われたんですね。最初はほんまに信じられなくて。でも負けず嫌いな性格なんで、医者に「死んでもいいから、体大(体育大学)行きます」って、病院を飛び出したんです。
でも、やっぱり、2カ月目で練習中に倒れたんです。呼吸も止まって、小便も漏らして。何とか意識が戻って、入院したんですけど。結局ドクターストップがかかって。何より一番のバレーを取られたので、かなり落ち込んだんです。
(ナレ)彼は、バレーボールがもうできないという現実に直面して、荒れていきました。そんな毎日が続く中で、彼の健康を、親がどれだけの思いで願ってくれているのかを、お姉さんから知らされたのです。
(清水)姉が、「あんたが倒れた日。お父さんが帰ってきた時に、玄関まで走っていって、あんたのこと言うてん。倒れたこと。次の瞬間、60歳を超えたお父さんが、全力疾走でご神前まで行って、縋るようにして、『私の命はいいですから、息子の命だけは助けてください』って、何十回も叫んだ」と言うのです。教会で育てられた者として、ご神前で父が嘘を言えないのは、十分によく知っているんです。申し訳ない気持ちで一杯になりました。
(ナレ)元気に生活ができることは、当たり前ではない。自分のことを祈ってくれる親の思いの深さを感じている彼が、話の最後に次のことを語りました。
(清水)皆さんも、本当心臓ですね、自分で動かそうと思って動かしている人は絶対いないですよね。自然と動いているものですから。こういうことからも、人間だけの力では命というのはどうしようもない。やはり神様に生かされているというのが分かると思うんですね。悩む時とか、苦しい時とか、皆さんそれぞれにあると思いますけども、生きているからこそ、健康の体を頂いているからこそ、初めてね、悩むこともあるでしょうし、また苦しいと感じさせていただけることができる。
(ナレ)毎日、命があることがありがたい。体が元気に動くことがありがたい。そう語った彼は数カ月後に、私の目の前から去ってしまったのです。22年の生涯でした。
それから32年の時を経て、彼が話しかけてくれることが、私の経験と重なり合って、「本当にそうだよね。君の言う通りだよ」と語りかける私に、「そうでしょ!」って、はにかんだ笑顔で応えてくれたように感じます。
彼は、私の心の中で穏やかに生き続けています。
