シリーズ「あなたへの手紙」第1回「①感謝することに意味あるの?/②不妊治療は信心じゃない?」


●あなたへの手紙
第1回「①感謝することに意味あるの?/②不妊治療は信心じゃない?」

金光教放送センター


 おはようございます。三重県、金光教松阪新町まつさかしんまち教会の水野照雄みずのてるおです。よろしくお願いします。
 最初はタケル君、16歳の男子です。

 「父が口癖のように、『失って初めて、そのものの尊さに気づく。それがあるのは当たり前のことじゃないから、今しっかり感謝しておきなさい』って言うんですが、感謝してたら絶対になくならないというなら話は別だけど、感謝しててもいつかはなくなるだろうし、そもそも、実際失ってみないと父の言う『尊さ』の実感も湧かないだろうし、なら、今感謝するって、結局形だけのことになるんじゃないかと思うんです。感謝することに何の意味があるのか僕にはよく分かりません」

 このようなお悩みです。

 悩みというか疑問でしょうか。結論から言えば、そもそも「感謝」に意味を求めること自体、無意味なのではないかと思いますが、これで終わっては身も蓋もないので、一緒に考えてみましょう。
 タケルくんが言うように、感謝しててもいつかはなくなるし、失ってみないと尊さも分からないでしょう。だから、感謝したところで、意味なんか無いし、お父さんの言うことは筋が通らない。そう言えなくもない。それは、そうかもしれません。
 でも、だからといって、お父さんの言葉が無意味だとは思わないのです。言葉として充分ではないかもしれないけど、でも、そうしてでも伝えたい何かが、お父さんにはあるはずだと思うんです。
 これは想像でしかないのですが、お父さんには「大切なものを、大切にできなかった」という後悔があるのではないでしょうか。私もいい年なので分かる気がするんですが、年を重ねればそういうことって、誰にでもあるものです。そして、「同じような後悔を、息子にはしてほしくない」と、そんなふうに思ったのではないでしょうか。なので、お父さんが伝えたかったのは、きっと「後悔のないように、大切なものを、今、ちゃんと大切にしておきなさいよ」、ということだと思うんです。
 ちょっと想像してみてください。絶対に失いたくないという「大切な何か」を。それは、人や物かもしれないし、場所や時間かもしれない。何かのイベントかもしれません。そして、その「大切な何か」が、もし無くなってしまったら、自分がどんな気持ちになるだろうか、と…。
 「感謝」って、結局、意味が有るとか無いとかいう理屈ではなくて、感性の次元なんだと思うのです。若いうちに、是非その感性を磨いてほしいなと思います。そのことが、タケル君の人生を豊かなものにしてくれるはずです。

 次は、41歳の女性の方です。
 
 「不妊治療をしています。信心をしている両親から、病院にかかることを非難され傷ついています。『神様にお縋りしないから、妊娠しないのだ』と言われます。医学の力に頼ることは信仰的にいけないことなのでしょうか?」

 このようなお悩みです。

 つらいですね。不妊治療というのは、身体的にも精神的にも大変だと聞いたことがあります。私が、本当のところを理解できているなんて決して言えませんが、でも、想像します。そんな中での、心ない言葉。これは、きつい。
 もう、病院にかかって、お医者さんに診てもらって、医学の力に頼ってください。それでいいです。そのことが信仰的にいけないことだとは、私にはどうしても思えません。
 「これが金光教の公式見解だ」と言うまでの自信は無いのですが、医学だって医療の技術だって、神様が私たち人間に授けてくださった智恵の結晶だと、私は思っています。しかも、人間の幸せを願って神様から授けられたものを、医療に携わる人たちが一生懸命に磨きをかけて、私たち一人ひとりのために、今ここに準備してくださっている。医学というのは、そういう、とても尊い営みだと思うのです。
 それから、「神様にお縋りしないから、妊娠しない」というご両親の言葉。これだけでは、その真意がよく分からないので、あまり突っ込んだ言い方をするのはどうかと思いながらですが、「神様に縋る」ということと「妊娠する」ということを因果関係のように結びつけて語るのは、ちょっと違うかなと思います。神様に縋れば思い通りになるはずである。しかし、現実として、そうはなっていない。それは、神様に縋っていないから、あるいは縋ることが充分でないからだ、みたいな論法。しかも、それを、人を責めるように使うのは、神様もご迷惑だろうと思います。
 ただ、少し厳しいことを言うようですが、医学というのも決して万能ではありません。統計的に見ても、不妊治療が必ずしも望みどおりの結果になるとは限りません。なので、「医学の力に頼ればいい」と、最初に言いましたが、それだけに頼りきってしまうと、それはそれでまた、頼りないことになるかもしれない。
 だからこそ、大切なのは、ご夫婦でちゃんと話し合って、願いを共有して、支え合うということなのだと思います。ありきたりかもしれませんが、このことに尽きると思うのです。そのようにして歩んでいくお二人であれば、神様は放っておかれないだろうと思います。きっと二人の人生の中に、神様が働いてくださっているはずですし、そのことを感じることのできる時があるはずです。
 そして、不妊治療ではなく、あえて「懐妊治療」と呼びたいと思いますが、まずは、この懐妊治療が実を結びますように。心からお祈りします。

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