●信心ライブ
「『みててね』」

金光教放送センター
(ナレ)おはようございます。今日ご紹介するのは、京都府・金光教伏見教会の橋本美智雄先生のお話です。令和7年の春、金光教本部で行われた「天地金乃神大祭」というお祭りの中で、神様と私たちとの間柄についてお話しされました。
「神様との間柄」と言うと、ちょっと難しそうに聞こえるかもしれませんが、中身は子どもたちのエピソードで、とっても身近な、ほっとする内容です。
(橋本)ある保育園の保育士さんからお聞きした話です。男の子が窓際で一人、一生懸命に何かをつかもうとしていたそうです。何をつかもうとしているのかな、とよく見ると、窓から差し込む太陽の光でキラキラと反射するホコリで浮き上がった光の筋をつかもうとしていたんです。まるで、陽の光と一緒になって遊んでいるようで、ほほ笑ましく思ったそうです。
私たちは大人になって、知恵がつき、賢くなるのですが、純粋だった子どもの頃に見えていたものが、逆に見えなくなっているのかもしれません。しかし、月の光、風の音、土の暖かさなど、心動かされる時があります。天地の働きは、見ようとする人には見えるものなのです。
一方で、神様は常に私たちを見ていてくださっています。「天地金乃神といえば、天地一目に見ておるぞ」という御理解(教え)があります。常に見張られているようで、怖い御理解のように感じた時もありましたが、私も親となり年を取るにつれて、親が子を見守っていることを実感できるようになりました。
同じ保育園の話ですが、女の子が「せんせい、みててね」と言うので見守っていると、一人で静かに遊んでいます。もういいかなと、他の子どもの世話をすると、また「みててね」と言われます。何かしてくれと言うわけでもなく、一人で遊ぶだけです。
また、他のことをすると「みててね、み、て、て、ね」と強い口調でお願いされました。その子は何かしてほしいわけではなく、ただ見ていてほしかったのです。見ていてくれるから一人で遊ぶことができたのです。私たちも子どもの頃に親がそばにいてくれたら、それだけで安心だったことがあります。天地の親神様は、ちょうどそんなふうに私たちを見守ってくれている、神様が見ていてくださっているから何をしても安心なのだと思います。
四代金光様は「春風に似たるこころを持ちたしと吹く春風に吹かれつつ思ふ」とのお歌を詠まれています。この春風とは、寒い冬に凍えていた私たちを暖かく包み込み、何かわくわくウキウキするような、心まで元気にしてくれる穏やかな風のことではないかと想像いたします。そして、目で見ることができない春風も、天地の親神様のお働きです。暖かな春風に包まれながら、私たちの心も元気になって、春風のような心にならせていただいて、周りの人を元気にしていく、神様のお手伝いをさせていただきたいと思います。
(ナレ)いかがでしたか。 窓際で光るホコリをつかもうとする男の子、目に浮かびますね。「キラキラ光るホコリの筋」。皆さんには心当たりがありませんか? 私なんかは、部屋に日が差してホコリが見えると、つい「うわ、掃除しなきゃ」と思ってしまいます。いつの間にか、光の筋に感動するんじゃなくて、現実的なことしか考えなくなってしまいました。
でも、小さい頃の純粋な目には、確かにその光が「特別な何か」に見えていたんですよね。大人になると見過ごしがちでも、この世の中には素敵な物事がたくさんあることに、改めて気づかされます。
それから、もう一つの「ただ見守ってもらっているだけで安心できる」というお話です。
これを聞いて、私は、小さい頃の自転車の練習を思い出しました。 補助輪を外して、 親に後ろを支えてもらって、必死にペダルをこいでいました。「離さないでね」なんて言いながら。で、ふと振り返ると、親はとっくに手を離していて、随分後ろのほうにいたんです。実際には支えてもらっていなかったんですが、「後ろで守ってくれている」という安心感があったからこそ、怖がらずに前に進めたんですよね。
私たちは、実は、目には見えないけれど、神様の働きや見守りの中にいる。自転車の練習の時のように、見守られ、支えられているという安心感が、私たちを強くしてくれているのかもしれません。
そして、お話の最後に出てきた「春風に似たるこころを持ちたし」というお歌。春の風を、ただの風としてではなく、神様の恵みとして受け止める。そうやって全身で感じた時、心に元気が湧いてきます。せっかく神様から頂いた安心と活力なんですから、それを自分だけのものにしないで、周りの人にも分けてあげられたら素敵ですよね。
今日、朝起きて外に出たら、ちょっとだけ四季の移ろいを意識して深呼吸をしてみませんか。そうして「天地の働き」を感じて、今日一日の元気をもらう。もし余裕があれば、身近な誰かにちょっとした親切をしてみるのもいいかもしれません。たいしたことじゃなくてもいいんです。「神様、見ててくれますよね。み、て、て、ね」と心の中でつぶやいてみれば、きっと背中を押してくれるはずです。
