●信者さんのおはなし
「真(まこと)に喜ぶ子に」

金光教放送センター
(ナレ)福岡県の南部、八女市にある金光教黒木教会で生まれた内藤真喜子さん、60歳。この「真喜子」という名前には、「真に喜ぶ子に」というお父さんの願いが込められています。今は亡きお父さんは金光教の先生で、大変喜び上手。人を喜ばすことで多くの人を助けてこられた方でもありました。
(内藤)父はですね、とにかく人を笑わせることが好きな人なんですよ。その場を明るくするというかですね。本当にもう父がいるだけでその場が明るくなるっていうぐらい、父はそういう存在でしたので、私は父が本当に大好きでしたね。
(ナレ)そのお父さんが、いつも口にしていたのが「喜べば、喜び事が喜んで、喜び連れて、喜びに来る。喜び上手は、感謝の名人」という言葉でした。内藤さんもお父さんに習って、どんな時にも、喜ぶこと、感謝することを心掛けています。
ある日、内藤さんが自宅の庭で草刈りをしていた時、誤って鎌で左薬指を切ってしまったことがありました。
(内藤)そのまますぐ病院に、主人に連れていってもらった時にですね、「もうこれは神経まで全部切れてしまってるので」っていうことで、全身麻酔で手術をしてですね、その時に、当たり前の生活に改めて感謝ですよね。何げに今までやってた両手を使う生活、洗顔、洗髪、何しても右手だけで、左手が使えない。今まで普段通りに使わせていただいたのがですね、両手の生活が片手になると、こんなに不自由かなっていうのは改めて思わせていただいた時にですね、四代金光様のお言葉ですよね、「世話になるすべてに礼をいう心」というね、その大切にすることを教えてくださってあるので、お世話になっている今の自分があるということを神様が教えてくださったんじゃないかなっていうふうに思ったので、本当にその時はありがたかったですね。
(ナレ)けがをして痛い目に遭い、その後しばらく片手だけの不便な生活が続くという、そんなつらさの中にさえ、内藤さんは、神様のお働きや、深いおぼしめしを感じ取ります。そして、これまで何不自由なく両手が使えていたことのありがたさに感謝するのです。
自分のことを心から喜べる人には、自然と人にも喜んでいただきたいという思いがあふれ出るのでしょう。職場でも、一生懸命に人に親切を尽くす内藤さん。18歳から40年以上にわたって建設会社に勤務していますが、そこで出会ったお客様が「新車を買ったけれど、お祓いをどこでしたらいいか分からない」と困っておられたりすると、「私の実家の教会ででもできますよ」とお世話をします。
(内藤)その方たちも、「じゃあぜひお願いします」ということを言われて、その新車の購入のお礼と交通安全の祈願をね、していただきます。教会長の祝詞を頂き、また、教会長の、お話の中でですね、「車に乗らせていただく前のお願いと、着いた時には車に対してお礼を忘れないようにしてください」「道路も、通らせていただいていると思いながら、感謝の気持ちで、乗られてくださいね」という言葉を言われた時に、その方も新たな気持ちでですね、車に向き合う気持ちも、強く感じさせていただいているわけです。
(ナレ)教会にお連れしたあと、その方は「こんなに丁寧にしていただき、金光教にお願いしてよかった」と言って大変喜んでくれたそうです。このようにして内藤さんは、人に喜んでもらえることが自分にとって何よりうれしいことだと話すのです。
そんな内藤さんには、20年前、忘れることのできない出来事がありました。
(内藤)平成16年8月にですね、社員の一人が自ら命を絶ったという、本当に悲しい出来事がありました。亡くなられた方がですね、ご夫婦で仕事に来ており、奥様が私の部署に一緒に仕事をされてて、ご主人が発見されるまでにその行方不明がひと月あったんですね。その行方不明の期間中、その奥さんの姿を毎日毎日、私が隣で見させていただくのが非常につらかったんですよね。何か私にできる事はないのかなと思わせていただいた時に、もうこれしかないと思って、その当時の社長に申し出て、どうしてもこの人を私は、黒木教会に今から連れて行って、お話をぜひ聞かせてあげたいってお願いをしたんですね。そしたら社長も、そういうことはぜひお願いしますと言っていただいて、こちらの教会に一緒に足を運びました。その時の父と母がですね、もう玄関の先に立って待っててくれたんですね。その人の名前を呼びながら母が玄関先で、ギュっと抱きしめてですね、「何も心配せんでいいよ」「よう来たね」って言って、もう本当にそれだけでその人は「救われた」って後で泣きながら言ってましたけど、「もうなんか今日気持ちがなんかすっとした」って。「本当は悲しいけど、なんかうれしかった」って言ってくれて…。
(ナレ)その時、お父さんは、神様に祈りながらその方のつらい胸の内を受け止め、教えを基に丁寧にお話ししました。その方にとって大変つらい出来事でしたが、教会にお参りする中で、少しずつ元気になっていかれたのでした。その後、この出来事を通して、会社の会長や社長、社員の方が、毎月教会にお参りされるようになりました。
このように、内藤さんは、自分の名前に込められたお父さんの願い、真に喜ぶ子になってほしいとの願いに応えていく中で、どんな困難も乗り越える強さを身につけていきました。さらに、周囲の人々にも心を配り、喜びの輪を広げる努力を続けています。
これからも、お父さんの御霊にもっともっと喜んでもらえるように、喜びと感謝の心で、人のお役に立っていかれることでしょう。
