小川洋子の「私のひきだし」その5 第3回「神様にゆだねる」


●小川洋子の「私のひきだし」その5
第3回「神様にゆだねる」

金光教放送センター


 皆様、おはようございます。作家の小川洋子おがわようこです。本日も『私のひきだし その5』をお聴きくださって、どうもありがとうございます。
 さて、2025年の2月、東京の帝国劇場が、建て替えのためにクローズされました。思いがけず、歴史あるこの劇場を小説の形で残してほしい、とのお話を頂戴し、一年以上にわたって取材をさせていただきました。
 劇場は、祈りを感じさせる場所でした。楽屋の入口にはお稲荷様が祀ってあり、そこを通る役者さんやスタッフさんは皆、手を合わせます。また初日には、舞台に神棚をしつらえ、日枝ひえ神社から神主さんがいらっしゃってお祓いをされます。役者さんの中には、客席の暗がりのどこかに神様がいらして守ってくださっている、と自分に言い聞かせながら舞台に上がる、という方もいらっしゃいました。
 そしてもう一つ驚いたのが、舞台を完成させるために、信じられないほどたくさんの、様々な分野の裏方さんたちが、プロとしての誇りを持ってお仕事をされている姿でした。プロデューサーや演出家、照明、大道具、小道具だけではありません。幕の向こう側では、観客の目に触れることのない、地道な作業が黙々となされています。
 例えば、エレベーター係さん、という方がいらっしゃいます。その方は、本番中、役者さんたちが楽屋から舞台や衣裳部屋や床山とこやま部屋へスムーズに移動できるよう、二基のエレベーターを操作します。台本を読み込み、何時ごろ、どの場面でどんな移動が必要になるか頭に叩き込みます。
一旦、舞台から引っ込み、次の出番まで楽屋で待ちたい役者さんもいれば、舞台袖で待機する役者さんもいます。立て込んでくると、若い役者さんには階段を使ってもらい、ベテランの役者さんを優先するようにします。そうした微妙な塩梅あんばいをしなければならない、神経の磨り減る仕事です。もしエレベーターが到着せず、出番に間に合わなければ大変なことになります。
 もう一つ気になったのは、劇場入りしたかどうかをチェックする、着到板ちゃくとうばんという名札です。入る時に、自分の名前が書かれた札を、赤色から黒色に引っ繰り返します。その名前を書く係の人が、また凄いのです。小さな木札に一人一人、墨汁で名前を書いてゆきます。さらさら書くわけではありません。線の太さに変化を持たせ、点やハネに勢いをつけ、余白のバランスを整え、これ以上ないほどの丁寧さで筆を動かしてゆきます。その名前に込められた魂を、大事に掌の中で守っているかのようです。思わず私は、書店でのサイン会の時の、自分の振る舞いを反省しました。
 ベテランの役者の札は、手の脂が染み込んで琥珀色の艶が出ています。新人の札は、まだ木目がはっきりして初々しい感じです。亡くなった役者さんの札は、黒い缶に入って保管されています。もう二度と本人が触れることの叶わないその札は、役者さんたちが帝国劇場に刻んだ、消えない痕跡のようでした。
 スタッフのお弁当を注文する、たったそれだけのことでも簡単ではありません。日によってアルバイトさんの人数が違います。メニューにも変化を持たせ、少しでもスタッフたちの意気を高める必要があります。足りない、という事態は絶対に避けなければなりません。
 朝一番に来て、劇場の外回りを掃除する。具合の悪くなったお客さまを救護室へ案内する。汗で汚れた衣裳を洗う。ロビーの電球を交換する。売店の商品を補充する…。
 大勢の裏方さんたちにインタビューさせてもらいましたが、皆さんが全力を尽くしておられました。目的は一つ。少しでもよい舞台を作る、ということです。たった一つの目標に向かって、各々が自分に課せられた役割を精一杯に果たす。その姿は美しいものでした。
「神様、どうかお守りください」
 幕が上がる前、そうお祈りし、自分以外の何ものかに運命をゆだねることができるのは、ぎりぎりまで努力したからこそです。単なる神頼みではないのです。
「自分のことは次にして、人の助かることを先にお願いせよ。そうすると、自分のことは神がよいようにしてくださる」
 私はこのみ教えを思い浮かべました。劇場の裏方さんたちは、自分が目立ちたい、評価されたい、というのではなく、舞台のために自らを捧げる人々です。ここまでやったのだから、あとはもう、神様がよいようにしてくださる。そういう境地まで努力できる人々です。
 だからこそ、劇場に行くとなぜかしら、清々しい気持ちになるのでしょう。
 さて、次回はとうとう最終回です。これまで3回分の話をつなげるキーワードとしての、物語についてお話できればと思っています。よろしくお願いいたします。

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