●金光様を偲んで
「五代金光様を偲んで」第1回

金光教放送センター
(ナレ)令和6年7月21日、金光教の教主を30年間勤めた金光平輝様が亡くなりました。
金光教では、神と人とをつなぐ「取次」を信仰の中心としています。
教祖の跡を承けて、その「取次」に専念する方を、私たちは尊敬と親しみを込めて「金光様」とお呼びしています。平輝様は、教祖から数えて、五代目にあたります。
このたび、五代金光様を偲んで、次男である金光清治さんにお話を伺いました。
今朝から3週にわたってお届けします。
(金光)私は4人兄弟の次男として生まれました。小さい頃を振り返ってみると、子ども時代に叱られた記憶がありません。私も人並みに反抗期はありましたけども、あれこれ言わず祈りながら優しく見守ってくださっていた感じでした。
教主になられるまでは、お休みの日にはよく子どもを車であちこちに遊びに連れていってくれていました。私たち兄弟だけでなく、近くに住む親戚の子や、一人親の友達なども一緒に連れていっていました。
小学校の同級生の兄の友達はお父さんを亡くされていたので、今思えばその兄の友達のことを思って父が誘ってくれたのかなあとも思います。子どもたちの喜びをご自身の喜びとされているような感じであったと、懐かしく思い出させていただいています。
これはおじいさんになられても変わることなく、子どもの言うことだからと決して軽く見られず、軽く扱われず、一人前の人間として大切にされるというご姿勢は常に見られました。
父が金光様(教主)に就任したのは、私が23歳の時です。毎日休みなく神様の御用にお仕えする金光様の生活は、本当に規則正しいものです。早朝に本部広前に出仕される時間、ご祈念の時間なども全てこう決まっていますし、「お取次」の御用を中心にした生活になります。五代金光様は人の願いを神に取り次ぎ、神の願いを人に取り次ぐ、お取次の御用に30年間にわたって御用くださいました。
そんな中、昼食のために金光様が昼休みに自宅に帰られている間に、幼い私の子が、例えば「これ読んでえ」と絵本を差し出したりすることがあるんですね。そうしますと孫の言うことにすぐに応じられます。私としては家にいる時は、少しでもごゆっくりしていただきたいと思うんですが、そんな時、「わしはこれでくつろぐんじゃあ」と言われたことがありましたね。
また一日の御用を終えられた夕方に、孫たちが「おじいちゃん、カルタしよう」と誘うと、金光様は「いいよ」とすぐにカルタ取りをされて、ふと見ると本当に一生懸命で、汗だくになってされているということもありました。家庭ではそんな温かいおじいさんであり、父でした。
(ナレ)清治さんは自身の子育ての上にも、父である五代金光様に習って、続けていることがあります。
(金光)父から誕生日に毎年近くの写真場に写真を撮りに行くように言われていました。高校を卒業するまでは制服を着て行くわけですけど、特に高校年代になると、写真場のスタジオで写真を撮ることが嫌になっていきます。しかし、今になってみればですが、その時々の命の今を残すことを大切にされていたんだなあと思います。
そこには命の源へのお礼と、1年間の命の歩みへのお礼を込められていたのではと思わせていただいています。私自身その思いを年々深めさせていただいています。
祖父から私の子どもまで4代にわたってお世話になったその写真場は、残念ながら今はもうお店を閉じられています。形のまねはできませんが、せめて心のまねはさせていただきたいと思っています。
私たち子どもが、親元を離れて大学に行ってからは、御神米を簡単な手紙を添えて毎月送ってくれていました。御神米は天地の恵みを表すもので、神様にお供えして祈りを込めてくださったお米です。私も子どもが大学生になってからは、父と同じように手紙を添えて送らせていただいています。
代が替わり、父が金光様になられてからも、毎月御神米を子ども一人一人に送り続けてくださったことについて、兄は、「金光様は世界の平和を祈られると同時に、父親として家族の上にも祈りを懸けてくださっている」と話されたことがあります。
(ナレ)そして、その祈りは、お参りされる小さなお子さんにも分け隔てなく、平等でした。
(金光)祭典以外の平日に会堂にお参りすると、とても静かで、静寂さが漂う空間です。親御さんが小さい子どもを連れて参った時に、幼い子どもさんが大きな声を出すことがあります。そんな時、親は、迷惑になってはいけないと思って、「しー」と言って子どもを静かにさせようとします。そのような時に金光様は何と言われるかというと、「子どもは声をお供えしょんじゃから」とおっしゃいます。子どもの声をお供えの声として聞き届けられているんですね。
考えてみれば、子どもが大きな声を出せるということは、神様のおかげ以外の何ものでもありませんね。子どもが元気で生まれて、ご本部にお参りできて、息が吸えて、というふうに神様のおかげをたくさん頂いているから、ご本部で大声が出せるんです。
神様に声をお供えしていると捉えられて、子どもの成長を神様にお礼されていたんですね。
ある時、「金光様にとっての信心の喜びとはどのようなものでしょうか」とお尋ねさせていただいたことがありました。その時、五代金光様は、「子どもや孫が信心とともに育つこと」とおっしゃいました。
子どもは全て神様のいとし子であり、何より大切にされるべき存在であるという揺るがぬ思いは、生涯変わられることはありませんでした。
そして四代金光様の、「ちちははも子どもと共に生まれたり育たねばならぬ子もちちははも」のお歌の通り、子どもを育てる私たちにも、常に温かい祈りを懸けてくださっていたことを、今もありがたく思わせていただいています。
(ナレ)本日はここまでです。次週も五代金光様のお話をお届けします。
