●私からのメッセージ
「路面電車の中で」

兵庫県・金光教阪急塚口教会
古瀬真一 先生
おはようございます。私は、兵庫県尼崎市にあります金光教阪急塚口教会の古瀬真一と申します。どうぞよろしくお願い致します。
去年の7月、日帰りで京都へ小旅行に出かけた時のことです。私は、目的地に向かうため、路面電車に乗りました。新型コロナウイルスの感染者数は下火になっていましたが、その日は3年ぶりに行われた大きなお祭りの最中だったので、たくさんの人が乗り合わせていました。
小さな電車の、窓に沿って設けられた長いシートは満席で、通路にもお客さんたちが大勢立っています。私は、運転席の真後ろにある運賃箱のそばにスペースを見つけ、手すりに寄りかかるようにして、ガタンゴトン、ガタンゴトンと音を立てて進む電車に揺られ、車窓を流れる古都の街並みを眺めていました。
駅と駅の距離が短いこの電車は、地元の人にも、観光客にも便利な足になっていて、お客さんたちが頻繁に入れ替わります。運賃は後払いなので、私の目の前で、運転手さんに定期券を見せたり、両替機で崩した小銭を運賃箱に入れたりして降りていきます。
そんな感じで旅の情緒を楽しんでいると、学校帰りと見て取れる、ランドセルを背負った制服姿の男の子が乗ってきて、運賃箱の真横に、慣れた様子で立ちました。小学3年生くらいでしょうか。
ひと駅ひと駅止まりながら、ガタンゴトンと、のんびり電車は進んでいきます。
やがて、到着したある駅で、乗客の半数にもなろうかという大勢の人たちが運賃箱の前に列を作り、電車を降りていこうとしています。その行列の中ほどに、赤ちゃんをだっこし、肩に大きなかばんをかけたお母さんの姿がありました。片手で赤ちゃんを支え、もう片方の手で小銭を両替して運賃箱に入れると、さっと電車を降りていきました。降りる人の流れを乱さない、このお母さんの早技に驚いたのもつかの間、ふと見ると、10円硬貨が一枚、両替機に残っているではありませんか。
あっと思った瞬間、制服姿の男の子が、すかさず運転手さんに話しかけましたが、残念ながら、遠慮がちに話しかけた男の子の声は、お客さん対応に忙しい運転手さんには届きません。とっさに私は、「この子が、何か伝えたいことがあるみたいですよ」と、運転手さんに声をかけていました。男の子の親切な気持ちに、私も後押しされたのです。
運転手さんは、少しかがむようにして男の子から話を聞くと、出口へ向かっているお客さんに、大急ぎで呼びかけたので、無事10円硬貨は、お母さんに届けられました。駅のホームでの会話は聞こえませんでしたが、運転手さんから事情を聞いたのでしょう。明るく笑みを浮かべたお母さんの横顔は、ぱっと幸せに輝いたように見えました。
やがてお客さんの乗り降りが終わると、何事もなかったかのように動きだした電車。その先頭には、運転手さんとあの男の子が、しっかりと前を向いて立っています。心を一つにして硬貨を届けた2人の背中は、何だか誇らしさに満ちていて、まるで映画のラストシーンのようでした。
でも、このお話は、まだ終わりではありません。運転手さんは、男の子の降り際に、乗務員用のかばんの中をごそごそ調べると、「さっきはありがとう。これしかないけど…」と言葉を添えて、小さなカードを手渡します。男の子がうれしそうに受け取ったカードには、素敵な物語が生まれた、この電車の写真が、大きく印刷してありました。
あの日、あの時、たまたま京都の路面電車に乗り合わせた男の子、赤ちゃんを抱いたお母さん、そして、運転手さんと私。ほんのわずかな時間、それぞれの人生が交錯して生まれたワンシーンは、今でもふとした時に、鮮やかに私のまぶたに浮かんできます。
あの時の様子を思い出しながら、どうして神様は、私をあの場面に出合わせたのだろうかと、私は、そんなことを考えます。もちろん、本当の答えなんて、分かるはずもありません。
思いつくキーワードは、「人を思う心」「神様のように人を慈しむ心」「授かった命を幸せのために使うこと」といったところでしょうか。
あの頃の私は、ニュースで報じられていた、目を覆いたくなるような出来事を見聞きして、えたいの知れない不穏な黒い霧に飲み込まれてしまいそうな怖さを感じていました。そんな私に神様は、「人間には、いいところもたくさんあることを忘れるな」「一人ひとりに、ちゃんと神様と同じような心が備わっているんだから」と、そんなことを伝えようとなさったのかもしれません。
あの時、あの電車の中で、私は、うれしかった。幸せを感じていたのです。それはきっと、あの男の子の思いやりをきっかけに、さっと神様が現れて、私や運転手さんを包み込み、見事な連係プレーを生み出すよう、素敵な働きをしてくださったからに違いありません。だから私たちは、あの電車の中で、互いに心が通い合う幸せを感じることができたのだと、私は今、そう信じているのです。
今日は、目には見えない神様と私の関わりの一端をお話ししました。ラジオをお聞きの皆さまが、いつもの暮らしの中で、神様と出会ってくださったらうれしいです。
