キセキじゃない


●先生のおはなし
「キセキじゃない」

金光教松阪新町まつさかしんまち教会
水野照雄みずのてるお 先生


 今年大学に入った、由香ゆかさんのことをお話しします。
 由香さんは、私の奉仕する教会に、小さな時からお参りしています。お母さんと一緒にやってきては、いろんなことを神様にお願いしてきました。
 高校に入って、進路を決める段になると、由香さんは「大学でフランス語を学びたい」と言い出しました。どちらかと言えば引っ込み思案で、はっきりと物を言うことが得意ではない彼女にしては、ちょっと珍しいことでした。でも、それにはちゃんと理由があって…。
 由香さんが中学生の時、お母さんがフランスの取引先とやり取りする仕事を任されたことがあったのです。ただ、お母さんも外国語が得意だったわけではなく、たまたま配属された部署で、その仕事が当たってしまったというのが実際のところでした。
 それでも、あいさつぐらいはと練習したり、現地の時刻に合わせて、夜、自宅から連絡を取ったりしました。おばあちゃんに子どもを預けて、フランスへ出張したこともありました。そんなお母さんの姿がとても強く印象に残っていたので、由香さんは、フランス語を勉強したいと思うようになったのでした。
 そういえば、由香さんは、勉強でも何でも、要領よくチャチャッとこなすタイプではなくて、時間は掛かっても根気よく取り組むほうです。そして、一度こうと決めたら、てこでも動かないくらいの信念の強いところもあります。そこはお母さんによく似ています。
 それと、由香さんには得意の必殺技があって、それが、ニコニコスマイルです。どうすればいいか分からない時なんかに、とにかくニコッと最高の笑顔ができるのです。すると、あら不思議。周りにいる誰かが、何かと救いの手を差し伸べてくれるという、そういう技です。これには、小さい時からずいぶん助けられてきたのでした。
 さて、進路が決まり、志望校も絞り込み、いよいよ受験に臨むことになりました。塾にも通い、模擬試験も受けました。ところが、思うように成績が伸びません。模試の判定も良い結果が出ません。でも、よくできる友達が親身になって教えてくれて、自分でも寝る間を惜しむようにして努力しました。
 今年のお正月、由香さんは、家族そろって、岡山県にある金光教の本部にお参りして、大学合格を神様に願いました。
 そして、金光教の教主である金光様に、「志望校がこことここで、外国語を勉強したくて、でも成績がまだまだで」とお話ししました。金光様は、「うんうん」とうなずいて聞いてくださり、優しい笑顔で、「神様にお願いして、ちゃんと努力すれば、あなたにとって一番良い道へ導いていただけるからね」と言ってくださいました。
 1月になればセンター試験、そして、私立大学の試験も本番です。由香さんは、多くの試験に挑みました。
 そんなある日、おばあちゃんがお参りしてきて、「どこでもでいいので何とか一つ合格を。奇跡が起きればいいのに」。そんなふうに願っていきました。
 しかし、2月になっても一つも合格できず、結果、前期の試験は全て不合格ということになってしまったのです。このことを報告しに来てくれた時には、さすがにニコニコスマイルは出ませんでした。あいまいな笑顔を見せて、「大学生になりたいんです」と細い声で言うのがやっとでした。
 でも、まだチャンスはあります。3月、後期の試験。由香さんは、2校だけ受けることにしました。オープンキャンパスにも出掛けて、ここが良いと思っていた最初からの第一志望と、新しく学部ができて国際関係を学べるところ。2つとも前期試験では不合格だった大学への再挑戦です。
 無事、最後の入学試験を受けて、しかし結果に自信がなかった由香さんは、帰り掛けに予備校の見学をしてきました。
 そして、結果発表の日。由香さんからの電話は、「合格しました」とのほっとしたような小さな声。そのひと言を聞いて、私は胸がいっぱいになり、「良かったね」としか言えませんでした。由香さんは「第一志望と、もう一つのところと、二つとも合格しました」と、言葉を継ぎました。私は、うれしくて、もう何も言えませんでした。
 その時私は、これは偶然ではないと思いました。一つだけならまだしも、2つとも最後の最後に合格できるなんて、あまりにも出来過ぎだと。私は、金光様の「あなたにとって一番良い道へ導いていただける」とのお言葉を、思い出しました。
 なかなか結果が出なくて悔しい思いをしたし、不安にもなったけれど、それは無駄ではなかった。回り道のようにも思えるけれど、神様に願いながら一生懸命努力してきたことで学力も付いたし、何というかたくましくなったようです。
 そして、夢にまで見た大学生活…ですが、新型コロナウイルス流行のため、なかなか思うに任せません。入学式も中止になり、講義は年間通してオンラインになりました。せっかく大学の近くに借りた下宿でしたが、結局そこで暮らすことはできず、ついに解約ということになりました。
 ともすれば気持ちが塞ぎそうな、そんな毎日ですが、由香さんは前向きです。「一人暮らしをすれば必要になるから」と、お母さんに教わりながら、朝晩の食事の準備を始めたのです。すると、めきめき腕を上げて、お母さんのお弁当まで作るようになりました。
 先の見えない状況でも、神様にお願いしながらちゃんと歩んでいけば、きっと「良い道」につながっていくはずだと、私は思っています。

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