姑の口癖


●先生のおはなし
「姑の口癖」

金光教花之宮はなのみや教会
堀江和子ほりえかずこ 先生


(ナレ)おはようございます。パーソナリティの大林おおばやしまことです。
 朝、家の前を掃除してましたら、通り過ぎる見ず知らずの高校生たちが、男の子も女の子も、「おはようございます」と声を掛けてくれるんです。今時信じられないかもしれませんが、私の住んでいる田舎町には、会う人会う人にあいさつしながら通学している高校生が結構いるんですよ。朝の何でもないあいさつですが、「ああ、いい子たちだなあ」と思うと、何だかうれしくなって、「今日も頑張ろう」という気持ちになれるんですね。
 今日はそんな、言葉が持つ不思議な力についてのお話です。話し手は、香川県高松市にあります金光教花之宮はなのみや教会、堀江ほりえ和子かずこさんで、タイトルは「姑の口癖」。

(本文)しゅうとめは現在89歳で、身体障害者1級と要介護2の認定を受けています。そのため、毎朝7時半に、私は姑の部屋まで朝食を運んでいきます。神様へ朝のお祈りを済ませ、車いすに座って待っている姑に「お待たせしました」と言うと、必ず「すいません、ありがとう」という言葉が返ってきます。テーブルにご飯とみそ汁、おかず、お茶を置いている間にも「ありがとう」。箸を手渡すとまた「ありがとう」。しばらくして食器を片付けに行った時も、「ごちそうさま、ありがとう」と言います。私は、「どういたしまして」と言って部屋を出るのですが、姑のその言葉は、朝の慌ただしさの中、私の心を軽くしてくれます。
 8年前、姑は重い脳梗塞を起こし、右半身が完全に動かなくなってしまいました。ろれつも回りにくくなり、ベッドに座ろうとしてもすぐにバランスを崩して倒れてしまうという状態になってしまったのです。
 姑は、子どもの頃から金光教の信心に触れ、結婚してからも近くの教会に
しゅうとと共に毎朝お参りを続け、神様のことを第一に考えて生活を進めてきました。心筋梗塞を起こし、命が危なかった時でさえ、神様に心を向けていれば、必ず良い方に導いてくださるという強い信念で病気を乗り越えてきた方だったので、今回も大丈夫だろうと私は思っていました。
 しかし、入院して間もない頃、私が身の回りの世話のために付き添っていると、小さな声で「こんな体になって、もう生きていたくない」と言うのが聞こえてきました。こんなに気弱な姑の姿を見たのは初めてで、驚いた私はどう声を掛けてよいのか分かりませんでした。
 気丈な姑も自分の体が自由に動かせないもどかしさ、私たち夫婦に迷惑を掛けて申し訳ないという思い、そして大好きな洋裁がもう出来なくなるというつらさなど、不安で押し潰されそうになっていたのだと思います。
 身の回りの世話をしながら、神様にどうか良いようにとお願いする日が続きました。その間、次々と家族や遠くに住む親族、以前からお参りしている教会の先生が姑のお見舞いに来てくださいました。姑は、「みんなから祈られている」と感じ、感謝の気持ちでいっぱいになったそうです。そこからこれまでの信念がよみがえり、気弱な言葉は一切出なくなりました。さらに、看護師さんや理学療法士の方達が一生懸命にお世話くださることがありがたく、申し訳なくて「すいません、ありがとう」とお礼を言わずにはおれない気持ちになったそうです。姑は動く左手左足にお礼を言いながら、少しでも自分で出来るようにとリハビリを頑張り、半年後には左手で食事や着替えが出来るようになり、退院しました。
 右半身が不自由になったことで、多くの人や物にお世話になって生きていることに気づかされた姑は、前にも増して「すいません、ありがとう」と、何度も何度も言うようになりました。
 週3回通っているデイサービスでも、お世話になった時には必ず「すいません、ありがとう」と言っているようです。スタッフの方から、こんな話を聞いたことがあります。「堀江さんには時々気難しい利用者の方の近くで過ごしてもらうことがあるんです。しばらくしたら、その方の顔がだんだんと緩んで、落ち着いて一日を過ごして帰られるので、本当に助かっています」と。
 素直にお礼を表す姑の周りには笑顔があふれ、無くてはならない存在になっているのです。
 金光教の前の教主が、「世話になるすべてに礼をいふ生き方 ゆらぐ心にやすらぎもたらす」「世話になるすべてに礼をいふこころ 人が助かり立ちゆくこころ」とお歌を詠まれています。姑の生き方は、まさにこのお歌そのもののように思えるのです。
 「すいません、ありがとう」という言葉は、お世話する側とされる側の心をつなぐばかりか、人が助かり立ち行くことへつながっていく力を持っていると思います。その言葉の大切さを感じ、私も姑のようにお礼の心を素直に表せるように取り組んでいきたいと思っています。



(ナレ)いかがでしたか。ちょっとしたあいさつの言葉でさえ、人を元気にすることがあります。まして、真心からのお礼の言葉には、人間同士をつなぎ合わせ、お互いを幸せにしていく、とても大きな働きがあるんですね。言葉という神様から頂いたこのすばらしいものを、今日も心を込めて使わせてもらいたいと思います。皆さん、お聞きいただきありがとうございました。

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