雨の日の出張


●先生のおはなし
「雨の日の出張」

金光教直方のおがた教会
藤本有輝ふじもとゆうき 先生


 おはようございます。藤本有輝と申します。
 先日のことなのですが、職場の上司からこんな話を聞きました。
 「君たちは天気が晴れだったら良い天気、雨が降ったら悪い天気って言うだろう。でも、水がなくては一日も生きてはいけないし、雨が降らなかったら大変なことになるんだぞ。晴れようが雨が降ろうが、それは神様のお恵みなんだ。天気に良い悪いはないと思う。どんな天気でも良いお天気なんだ」。このようなお話でした。私はその話を聞いて確かにそうだなと思いながら、半年前のことを思い出していました。
 その日は朝から雨でした。仕事で、私が住んでいる福岡から長崎への出張となり、片道200キロの運転です。「長崎は今日も雨か、雨の日の運転はいつもより疲れるなぁ」と独り言を言っても、朝の慌ただしい時間帯、家族は誰も相手をしてくれません。
 朝食後、出発まで時間があったのでくつろいでいると、中学3年生の娘が焦っている様子です。いつもは自転車で学校まで通っているのですが、雨の日は歩いて行かなくてはなりません。でも、出遅れたみたいです。
 私は、「送っていこうか」と声を掛けました。娘はうれしそうに、「うん、ありがとう」と言いました。早速、車のエンジンを掛け、娘を待っていると、その日は月曜日だったので普段よりたくさんの荷物を抱え、助手席に勢い良く乗り込んで来ました。
 中学校までは車で10分も掛かりません。学校の中へは車の乗り入れが出来ないので、近くのコンビニに停めます。娘は、「お父さん、ありがとう。行ってきます!」と元気に出て行きました。
 「行ってらっしゃい」と後ろ姿を見送っていると、娘は傘を差していますが荷物が多いせいか、背中に傘が掛かっていません。窓を開けて、「背中濡れてるよ」と声を掛けましたが、雨音のせいか聞こえていません。そこで私はドアを開け、身を乗り出して、もう一度、「背中が濡れてるよ!」と大声で叫びました。しかし、声は届かなかったみたいで、全く振り向きもせずに行ってしまいました。
 「仕方がない」と思い直してドアを閉め、「さあ、長崎へ出発だ」と気持ちを切り替えて、いったん自宅に戻りました。エンジンを止め、カバンを持って降りようとしたところ、どこを探してもありません。「そうだ、カバンは娘の荷物がいっぱいだったので運転席とドアの間に置いたんだった。あ、娘に声を掛ける時、ドアから落ちたんだ」と気付きました。
 頭の中は真っ白になり、自分の顔が青ざめていくのが分かります。こういう時こそ冷静にと思い直し、カバンの中身を頭に浮かべます。カバンの中には財布、大切なカード類、そして携帯電話も入っていました。「あ~どうしよう、出張どころではないぞ」。
 私は妻に事情を話し、くじけそうな気持ちを奮い立たせ、急いでコンビニへ向かいました。「焦るな、きっと大丈夫だ」と自分に言い聞かせますが、ハンドルを握る手は震えてきます。急いでいる時に限って信号機は赤です。前を走る車がとても遅く感じます。
 いよいよコンビニの駐車場が見えてきた時、首をグーンと伸ばして身を乗り出し現場を見ました。すると、ずぶ濡れですが確かに私のカバンがあるではありませんか。「あーよかった!あったあった!」と心の中で叫びました。
 急いで車を停め、カバンを拾い上げました。そして中身の確認です。ドキドキしながらファスナーを開けると、財布がありました。お金も入ってます。カード類もあります。しかし、携帯電話がありません。どこを探してもありません。仕方がないと諦めて自宅に戻ったところ、妻が心配して外で待ってくれていました。
 私はカバンはあったけど携帯電話だけ無いことを妻に伝えました。もうあまり時間がありません。携帯電話をなくした時、どうすればよいのか、部屋のパソコンを使ってインターネットで調べることにしました。パソコンにスイッチを入れ、立ち上がりを待っていると、横のほうでピカピカ光るものがあります。
 「あっ、私の携帯電話だ、ここに置いたまま行ったんだ。あー良かった~」。急いで妻のところへ行き、携帯電話があった旨を伝えると、妻は、「良かったね」と安心した様子でした。そして無事、長崎へ向けて出発しました。
 私は運転しながら、先ほどの出来事を思い返していました。困っている娘のために学校まで車で送って行き、雨で濡れているのが可哀想だと声を掛けたのにカバンを落とすとは、この出張、雨も降っているし幸先悪いぞ。
 …でも、ちょっと待てよ、カバンはあったではないか。携帯電話もただの勘違いだった。全て神様が見守ってくれていたように思えてきて、先程までの動揺していた心がスーッと落ち着いていきました。
 「そういえば携帯電話がピカピカ光っていたんだった」と思い出し、車を道路脇に止め、確認してみると、10件近くの着信履歴が残っていました。全て妻からです。落としたのを心配して、何度も電話をしてくれていました。
 私はすぐに妻に電話を掛けて、「先程はありがとうね。ろくにお礼も言わずに出てしまった。ありがとう」と言うと、妻は、「うん、気を付けて行ってね」と言ってくれました。
 私は、「今回の出張は幸先良いぞ。雨の長崎、頑張って来るぞ」と晴れやかな気持ちで先を急いだのでした。

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