ラジオドラマ「ことの葉じんわり」最終回「赤飯炊いて祝え」


●ラジオドラマ「ことの葉じんわり」
最終回「赤飯炊いて祝え」

金光教放送センター

(自動車止まる)

寅 雄:どうぞー。(乗り込む音)(車のドア閉まる)どちらまで。
恵 美:中央桟橋へ。
寅 雄:…中央…桟橋…。こんな夜更けに…。
恵 美:行って下さい。
寅 雄:は、はい…。

(ドア閉まって自動車走りだす)

(ナレーション:寅雄)
 その晩、私のタクシーに乗ってきたお客さんは、5、6歳の男の子を連れた若い母親でした。こんな夜更けに中央桟橋に何の用があるのか…。

 始 :お母さん、いつ買ってくれるの?
恵 美:何を?
 始 :オセキハン。
恵 美:まだそんなことを。
 始 :ねぇ、どこで売っているの?
寅 雄:坊ちゃん、お赤飯、食べたいのかい?
 始 :うん。
寅 雄:おむすびにしたのなら、スーパーで買えますよ。
恵 美:食べなくていいの。おめでたいことなんか、何一つないんだから。
 始 :ミッちゃん家のママが、「明日は小学校の入学式だから、お赤飯を炊いてお祝いをしましょう」って言ってたよ。
恵 美:ミッちゃん家は、ミッちゃん家。うちはうち。

(自動車止まる。桟橋付近の音)

寅 雄:はい、お客さん、着きました。
恵 美:じゃあこれで。お釣りは、要りません。
寅 雄:(ドア開ける)お客さん、ちょっと…! 帰りはどうなさるんですか? この辺で待ってましょうか?
恵 美:…でも、いつになるか…。
寅 雄:私、今夜はもう仕事をアガリにしますんで、いいです。待ち料金はゼロで。
恵 美:…でも…。
寅 雄:海の景色、坊ちゃんと楽しんできて下さい。今夜は星も奇麗だし。
恵 美:お星様…地球の向こうじゃ見えないわ。あっちは今、お昼だから。
寅 雄:…ええッ?

(野良犬のうなり声)

 始 :お母さん、怖い、怖いよー。
恵 美:シ、シッ。シッ、シッ、シッー!
寅 雄:あ、大丈夫ですか?(ドア開ける)…コラ、コラ…よし、いい子だ…お前、腹、減ってんだな。ちょっと、待ってな!(座席の荷物まさぐる)ほら、弁当の残りだ。食いな!

(うれしげに鳴く野良犬の声)

寅 雄:俺と同じだ。
恵 美:…同じ? 運転手さんと?
寅 雄:「宿無し」ってことなんです。
恵 美:お家が、無いんですか?
寅 雄:アパートの持ち主が、突然変わって、家賃が上がっちゃって…。今は会社の寮に泊めてもらってはいますけど、相部屋で。落ち着かなくって。
恵 美:そうなんですか。
寅 雄:ところがね、田舎のお袋に、「アパートを追い出された」って言ったら、「じゃ、赤飯を炊いて祝え」だって。(苦笑い)
恵 美:えっ?
寅 雄:お袋に「宿無しになった」って言ったら、「赤飯を炊いて祝えば、うまくいくから」って、そう言うんですよ。
恵 美:どういう意味なんですか?
寅 雄:ウーン…つまり、「つらく苦しい時にこそ、人は大きく成長する。だから祝え」って。私が事故を起こした時も、会社が倒産した時にも、「寅雄、安心をおし。お赤飯を炊いて祝ったから」って電話があって…実際、事故もこじれずに済んだし、会社もそれまでより待遇の良いところへ入れたし。不思議といえば不思議…。
恵 美:…不思議、ではないのかもしれません。
寅 雄:…不思議では、ない?
恵 美:はい。「つらい苦しいことをバネに替えて!」というそんなお母さまの強い願いが、「お赤飯を炊いてお祝いする」ということに表れているのではないでしょうか…。
 始 :お母さん、早く行こうよ。桟橋に。
恵 美:ちょっと待って! さっきの野良犬…。
寅 雄:腹がいっぱいになったから、もうどこかへ行ってしまいましたね。
恵 美:(しみじみと)…つらく苦しい時にこそ、人は大きく成長する…。お腹がすいたり、帰れる家が無かったりしても、それを犬には「生きる糧」に変えることが出来ない。でも、あたしたち人間はそれをバネにして強く生きることが…あたし、何だか生きる勇気が湧いてきました。
寅 雄:それは良かった。じゃあ、早く桟橋へ。
恵 美:いえ…もういいんです。
寅 雄:え?
恵 美:この子の父親、仕事で海外へ渡ったきり…もう、5年も戻ってきてはくれないんです。向こうに誰かいいひとが…不安に思って…。寂しくなると海に来て…。
寅 雄:そうだったんですか。明日は坊ちゃんの入学式だとおっしゃってましたね。
恵 美:ええ。
寅 雄:おめでとう! 学校へ入ったらな、勉強をしっかりね。お父さん、きっと海の向こうで応援してくれてると思うよ。じゃ、そろそろ戻りましょう。乗って下さい。
恵 美:(泣けてくる)ありがとう…ありがとうございます。

(自動車発車音)

(ナレーション:寅雄)
 数日後、奇麗な女文字の手紙が会社に届きました。

恵 美:「前略 先日、中央桟橋まで御社のタクシーに乗った時、運転手さんにとてもご親切にして頂きました…」

恵 美:「入学式にはお赤飯を炊きました。すると、なんと『休みを取って帰る。小学生になった息子に会いに』と海の向こうからメールが届いたんです。お母さまのおっしゃったことは本当だったのですね。ありがとうございました。
寅 雄:ああ良かった。本当に良かった! おめでとう!!

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